第147話 そして、楽しい時間は終わりを告げる

147話 そして、楽しい時間は終わりを告げる



「ただいまー! みんな大好きアカネさんが帰ってきたよー!!」


「あ、アカネさん。お帰りなさい」


「えへへ、半日振りの生サキちゃんだぁ。ぎゅーっ!」


 朝、七時半。騒がしく戻ってきたアカネさんはサキに抱きつくと、胸元で頬擦りした。


 どうやらアカネさん組も二人きりでそれなりに楽しんでいたらしい。ミーさんも疲れている様子はあれど、どこかやりきった感というか。満足したという雰囲気が漂っている。


「ねーねーサキちゃん。お義兄様と一晩二人きり……どうだったの?」


「ど、どうだったのって……」


「もぉ分かってるでしょ? ほら、男女が二人で一晩過ごせばさ、色々と……」


「ちょっとアカネさん。会えたのが嬉しいからってふざけすぎですよ。サキさんも。その赤ちゃんを撫でるみたいな感じやめてください。この人甘やかすとすぐに調子乗っちゃうんですから」


「あ、あはは……すみません」


「ん? あれっ!?」


 その瞬間。がばっとアカネさんが顔を上げ、サキと目を合わせる。まるで何かを見つけたか気づいたか。そんな、驚いたような表情だ。


「サキちゃんが、私の下ネタに赤面も反論もしない……? というかさっきから、なんか一層大人になった感がある気がする……」


「へっ!? お、大人!?」


 まずい。これは非常にまずいぞ。最悪の流れだ。


 アカネさん、普段はぽよぽよしていてふざけた感じの人なのに何故か勘は鋭い。もしかしたらさっきまで俺達がしていたことに気づいて────


「むむむ、なんか肌ツヤも良くなってる気がするし。あとなんかオーラが幸せに満ち溢れてるもん! こんなの絶対変だ! きっとチョメチョメし────」


「えいっ」


「いっっったァァァッッ!?」


 ゴォンッ。アカネさんの頭に振り下ろされたゲンコツが、鈍い音を鳴らす。


 まさしく正義の鉄拳。俺とサキにとっては命を救う神の一手に等しい。


「はぁ、全く。いくら一晩同じ部屋だったとはいえ、間違いなんて起こるわけありませんよ。だってこの二人は実の兄妹なんですから。ね、和人さん?」


「へっ!? は、はい勿論! 確かに俺はサキのこと大好きですけど、それは妹としてっていうか!! な、サキ! 俺達変なことなんてしてないよな!!」


「か……お兄ちゃん? チョメチョメって何?」


「話をややこしくするなァァッ!? 何故今の状況でそれの示す意味が分からない!? 大人って言葉には反応できてたのにぃ!?」


 まあそんなこんなで。朝から一悶着あったわけだが、何とかアカネさんを言いくるめることには成功して。俺達の兄妹設定(なんかボロが出そうになりまくってた気がするが)もなんとか死守した。


 思ってみればもうこの二人相手なら本当のことを言ってしまってもいい気はするのだが。いくら初対面だったからとはいえあの時「嘘をついていた」とバレるのはちょっと怖い。だからもうしばらくは黙っておくことにしよう。


「……はぁ。なんでそんな分かりやすいんですか。私ですら、気づいちゃいますよ」


「? ミーさん、何か言いましたか?」


「な、何も言ってませんよ。ほら、そろそろ帰る時間です。荷物をまとめてくださいね」


 こうして、俺達二人ともアカネさん達の四人で突如決まった誕生日旅行は、終わりを告げた。


 本当に色々なことがあったけれど。思い返してみればそのどれもが大切な思い出で、今まで経験したどの旅行よりも楽しかったように思える。


 まあ……サキと初めてを交換できたことも、その大きな要因かもしれないけれど。


「行こっ、和人。アカネさん達待ってるよ」


「……おう。そうだな」


「? どうかしたの? あ、もしかして今更帰るの嫌になっちゃったとか?」


「そう、だな。楽しい時間って本当に終わるのが早くて……んっ!?」


 視線の先には、こちらに背中を向けているアカネさんとミーさんがいる。二人とも楽しそうに会話していてこっちの様子は気にしてはいなかったけれど。


 その隙を盗んで、サキは俺の唇を奪った。


「えへへ……もう、そんな悲しそうな顔しないでよ。帰っても、私がいるよ?」


「ッッ!!!」


「ほら、早くっ! 行こ!!」


 そして、楽しい時間は終わりを告げる。



 同時に、楽しい日々が再び始まった。

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