第146話 君と添い遂げる初夜3

146話 君と添い遂げる初夜3



「するって……俺の思ってるもので、いいのか?」


「うん。多分、合ってると思う」


 サキはそう言うと、俺に背を向けて背後の鞄に手を伸ばす。そして中から財布を取り出すと、そこから二つの小さな袋が出てきた。


 見た瞬間、すぐに分かった。それは男女のまぐわいをする上で必ず使うことになる「ゴム」と呼ばれるものであり、サキは″本気″なのだと。


「サキ、それ……」


「必要、でしょ? 元々は和人の誕生日の夜にって思ってたんだけど……ほら、私酔っちゃったから。なし崩しに旅行に入っちゃって……」


「あ、ああ。そう、なのか」


 えへへ、と小さく笑うサキの瞳に、心臓が飛び跳ねた。


 いつしか、サキとこういうことをする日が来るのはずっと先の話なのだろうと思い込んでいた。そんなものが無くても俺達は好きを伝え合える。大丈夫だ、と。


 けれどいざそれを前にすると、ここまで気持ちが高まるものなのか。今はもうサキの身体を意識してしまって、少しはだけで覗いている谷間や桃色に染まる頬に、意識を全て持っていかれる。


「きっと、私はずっと前から分かってたんだよ。初めてをあげるなら、この人しかいないんだって。それなのに……ごめんね? 今まで、いっぱい待たせて」


 細身な身体が衣擦れの音と共に近づき、唇が触れた。


 甘く、柔らかい。自然に口の中に入ってきた舌がぴちょぴちょと水気のある音を鳴らし、お互いの唾液が混じり合っていく。


「ん、ちゅ……かじゅ、と……」


 いつもよりも長く、ねちっこいキスだった。お互いの存在を確かめ合い、ゆっくりと身体を一つにしていくような、そんなキス。


 何十秒……何分、キスを続けたのだろうか。もしかしたらそれはほんの数秒だったのかもしれないけれど、とても長く感じた。それほどに、幸せな時間だった。


「本当に、いいんだな?」


 唇が離れ、唾液が糸を引き、ぽたりと落ちる。同時に俺は、覚悟を持って問いかける。


 聞くことも無粋かと思ったけれど。それは俺からの最終確認であり、銃の引き金の安全装置を外す確認のような質問だった。


 サキは、コクリと頷く。


「うん。……大好きだよ、和人」


 二人とも、初めての経験。もう一度深くキスをしてから、俺はサキから手渡されたものをちぐはぐながらも使って、手を繋ぎながら初めてを交換した。


 じっと見つめ合って、見つめ合い続けて。一度も目線を外さなかったのではと思うほど、俺達は互いの身体と愛情に溺れた。


 誰もいない室内。二人きりの空間で、愛を確かめ合う。一度経験するとこれまで抑え込んでいたものが溢れてきて、やがて部屋に日差しが入り込んでくるまで。


 止まることは、なかった。


◇◆◇◆


 疲れ果ててだるい身体を、ゆっくりと起こす。


 へとへとだった。途中で暑くなり脱いでしまった旅館着を羽織ろうと布団から出ると、隣から視線を感じる。


「朝に、なっちゃったね……」


「だな。サキが可愛すぎたせいだ」


「むっ、やめてよ。そんなの……私がエッチだったみたいじゃん……」


 自分のしていたことを思い出したのか、かあぁと赤面する。それより何もかもが丸見えなその身体をなんとかしろ、と俺は隣に脱ぎ捨てられていたサキの旅館着を渡した。


「えへへ、私……本当に和人とシちゃったんだ……」


 サキはきゅぅぅ、とそれを抱きしめると、喜びを噛み締めるように頬を緩ませていた。少なくとも初めての経験が俺相手で後悔するような結果にはならなかったのだと、内心安堵する。


 当然、俺はというと最高だった。初めての相手がサキでよかったと、心の底から思える。好きな人と身体で愛を確かめ合うこの行為がここまでのものだったのかと、もっと早く気づきたかったと思ったほどだ。


「なぁ、サキ」


「ん……? んっ!?」


「ありがとう、俺を選んでくれて。……大好きだ」


 不意打ちでキスをしながら、言った。


 これからも俺達の関係は、少しずつ変わっていくのだろう。突然訪れる変化を吸収して、二人だけのペースで。


 この先何が起こるのかは分からないけれど。今日、サキと初めてを交換し合って、改めて確認できた。


 俺は────サキのことが世界で一番、大好きだ。


「ね、ねぇ和人……どうしよう、私……今のキスのせいでまたシたくなってきた……」


「なっ!? あ、アカネさんたちそろそろ帰ってくるぞ!?」


「……一回だけ、ダメ?」


「っ……」


 そんなことを言われて、断れるはずがない。ついさっきまで、あれだけシたのに……このままではハマってしまいそうだ。サキから一言誘われただけで、俺までもうその気になってしまっている。


「変態め……」


「和人が、いけないんだもん。私にこんな気持ちいいことを、教えるから……」



 はにかんで、二人で笑い合って。俺達はもう一度一つになった。

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