第143話 茜色に染められし未来4
143話 茜色に染められし未来4
「私が……欲しい?」
初めて言われた言葉だった。私なんかを、こうして面と向かって目を見て心から発してくれる人が現れるなんて、思いもしなかった。
もう涙は出し尽くしたはずなのに。一滴の滴が、右目から零れ落ちる。嬉し涙を流したのは、何年ぶりだろう。
「私は、すぐにやりたい事だけをやろうとしちゃうから。南ちゃんみたいに現実的な事を考えられるマネージャーを探してたの。南ちゃんさえ良ければ……私の夢に協力して欲しい」
茜さんの夢、仕事内容。そんな事はもう、今はどうでもよかった。
例えそれが修羅の道であったとしても、私はこの人を信じたい。この人となら、どんなに険しい道のりでも進んでいける気がする。
私は……この人について行きたいんだ。
「私なんかで、よければ」
「本当!? やったぁ!!」
ぱしっ、と私の両手を掴まれ、上下にぶんぶんと振られる。その手は細くて小さかったけど、とてもよい暖かかった。
初めて私を必要だと言ってくれた人。これまで接してきた誰よりも優しい目をした人。私はこれから、この人と────
「よっし、南ちゃん……いや、ミーちゃん! 行こう!!」
「わわっ!? あ、茜さん!? 行くって、どこに────」
「リセットにだよ! これから私と新しい人生を始めるミーちゃんの、過去を払うんだ!!」
◇◆◇◆
「全く、今日はまともな人材が来ないな」
「本当だよ。貴重な時間を割いてやっているというのに、時間の無駄になる者ばかりだ」
「特に、えっと……小鳥遊、だったか? 一人女が来てたな。少しいびる質問をしただけで言葉を詰まらせていた奴」
「あれは傑作だったな! あんなのがウチの会社に入れるなどと、思い上がりもいいところだ!!」
落とした新入社員候補を肴に、水を飲みながら笑い合う面接官達。そこに来訪者が一直線に走ってきている事には、当然気づいていない。
「あ、茜さん! なんでまた面接室に!?」
「いいからミーちゃんは道案内! お、カチカチのスーツ君達がいっぱい待機してる! アソコだな……よしっ!」
「なんで、なんで私またここに……ッ!!」
全速力で廊下を駆け抜ける茜さんに手を引かれ、逃げることもできず連れてこられる私。やがてスーツの就活生さん達から白い目を向けられながら面接室の扉の前に辿り着くと、今は誰も面接をしていない事を確認して。茜さんはドアノブを捻ってから、ドアを蹴破った。
「茜さぁぁん!?」
「ふふんっ!」
驚いたように固まり、こちらを見るおじさん三人。さっき私が面接した人達だ。
「な、なんだね君は!? ……っ、お前さっき面接に来ていた!!」
「ふぅん、じゃああなたが面接官で間違いないよね」
茜さんは私から手を離し、一人で三人のうちの一人に突っかかっていき、胸ぐらを掴む。何をする気なのか分からず私は止めに入ろうとしたが、左手で静止されて動けなかった。
「オイ、クソ野郎。よくもウチのミーちゃんを嬲ってくれたなぁ!!」
「ひ、ひいぃ!? やめろ、ふざけるなっ! こんな事をしてもソイツを合格になどせんぞ!!」
「合格ぅ? そんなの、こっちから願い下げなんだよ! いい? よーく聞け!!」
細い腕が、丸く太ったおじさんを持ち上げる。美人な優しい顔は気迫に満ち溢れていて、さっきまでとは全く別物の本気で怒った顔が、そこには浮かんでいた。
「ミーちゃんは私が貰う! 逃したミーちゃんの大きさを知って後悔するなよ! バァァァァァアカ!!!」
怒号と共に手を離され、訳もわからないまま崩れ落ちる面接官。それと共にスッキリした顔で振り向く茜さんは、ペロッと舌を出してまた私の手を掴んでくれた。
「えへへ、やっちった。逃げよ、ミーちゃん!」
「わっ!?」
私達は必死に走って、途中警備員に捕まりそうになりながらも逃げ回って公園まで戻った。
ぜぇぜぇと二人して息を切らして、汗でびしょびしょになった。でも二人で目を合わせるとそんな格好なのがそれぞれ面白くて、吹き出してしまう。
「ぷふっ。あはははっ、ミーちゃん顔赤ぁい! 就活ばっかりして体力無くなっちゃったのかなぁ?」
「あ、茜さんこそ。足プルプルしてるじゃないですか。もう……」
気づけば心のモヤは取れていた。茜さんのあの怒号のおかげなのか。これが本当に私にとって正しい道だったのか。何も分からないけれど。でも……多分人生って、そういう分からない事を繰り返して進んでいくんだ。
「ふふっ。さあミーちゃん、こっから先はコンティニューじゃない。ニューゲームだよ。私が、新しい世界を見せてあげる」
「なんですか、それ。……ぷふっ」
「ああ、笑ったな!? 今ビシッと完璧に決まったのにぃ!!!」
これが、私と茜さんとの出会い。程なくして彼女がVtuberというものを目指している事を知り、私はその補佐として住み込みでマネージャーをすることになった。
結果、アカネさんは大成功。今では個人勢Vtuberトップと言われるほどの高みに登り詰めた。
「ミーちゃぁん、待ってよぉ! 私も温泉行くってばぁ!!」
「はいはい。もう……ほんっと、昔から変わりませんね、アカネさんは」
「ほにゅ? なんのこと?」
「こっちの話ですよ」
アカネさんが魅せてくれる、新しい世界。それらは全て一つ一つがキラキラしていて、何もかもが私には新鮮で。忙しくて辛い時もあるけど……中々に楽しい日々を送らせてもらっている。
(染められちゃったな、私)
この先も、ずっとこの人についていこう。これ以上に楽しい道なんて、きっとこの世には存在しないから。
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