第141話 茜色に染められし未来2
141話 茜色に染められし未来2
「……え?」
明るい金色の髪に、あれは部屋着なのだろうか。白い半袖のシャツと短パンというラフな格好。そのうえ履いていたクロックスが、余計に私生活感を醸し出していた。
そんな一人の女性。歳は……私と同じくらいだと思う。ただそんなラフな部分なんかに私の目は行かず、ただただ整っていて綺麗なその顔に、視線が引き寄せられた。
「今日みたいな暑い日にそんなスーツで日に当たってたら熱中症になっちゃうよ? ほら、お水あげるから飲んで」
「い、いや悪いですよ。その……大丈夫ですから。私もう、行きますね」
少し言葉を交わしただけで分かる。この人は、私みたいなどうしようもない人間じゃない。優しくしてくれるのは嬉しいけど、今だけはその善性に当てられたくはない。
そう思い急いでその場を立ち去ろうとたちあがった私は、謎の脱力感と共にまたベンチに。まるで足腰から崩れ落ちるみたいに、背もたれにもたれ込んだ。
「あ、れ?」
「わわっ!? ほら無理しないで! 水、飲んでっ!」
パチッ、とペットボトルの蓋が開く音が耳に届くと共に、私のぐったりとしてしまった身体をその細い手が首元から支えて。口元に当てられた先っぽから、ゆっくりと水が流し込まれた。
「んっ、ごくっ……」
一本の三分の一程度を飲んだところで唇から離れるペットボトル。不思議と少し身体の不調感は治まり、私は手の支えをのけてもらい、自分で少し体勢を前のめりに戻す。
「だ、大丈夫? まだ顔、青白いままだよ。ゆっくりでいいからね……?」
私の隣に座り、背中をさすってくれる。優しい声に包まれながら、水をもう一口。喉に冷たいものが流し込まれる感覚が心地いい。
「ごめん、なさい。あなたの水を……」
「気にしないで。それ、全部飲んじゃって良いからね」
「……ごめんなさい」
無償の優しさに、久しぶりに触れた。思えば最近私は意地汚い質問を飛ばしてくる面接官とばかり話していて、他の誰とも接していなかった。
それもあってなのか。少し体調が落ち着くと、次は私の身体中を謎の不安感が襲った。
人から要らないと言われ続けた私が、とうとう次は人に迷惑までかけてしまったのか、と。そう考えただけで身体の震えが止まらなくなって、ペットボトルを持っていた手先の感覚が無くなり。コトンッ、と軽い音を鳴らしながら落下するそれを、目で追うことしかできない。
「ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさ、いっ」
「えっ!? こ、これっ……震え、てるの? ねぇ! ちょっと!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私、私っ……」
ボロボロと、目から大粒の涙が出た。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。両目から大量に溢れ出る雫は止まらなくて、隣で何かを言っている言葉もうまく聞き取れない。
ただただ怖かった。何もかもが身体の中で弾けて、震えと涙になって体現していた。もう、抑えられる気がしない。
ストレスも、畏怖感も、喜怒哀楽も。何もかもがぐちゃぐちゃに壊れて、心が黒く染まっていく。底のない沼に、身体ごと浸かって落ちていく。
人に迷惑をかける。それが私を壊す最後のトリガーで、その引き金は強く引かれた。
でも……
「ねぇ! ねえって!! 私の声を聞いて!!!」
「ひっ、うぐ……うぅ……」
「こっち、向いて!!!」
もう崩壊を待つのみの私の顔を、両手で強く引き寄せてくる。涙でめちゃくちゃに乱れた私の視界に、ぼんやりと映った彼女の姿は……私を照らす太陽のように見えた。
「大丈夫……大丈夫だから! だから落ち着いて、ゆっくり深呼吸しよ? ね……?」
「っ、ぁ……う……」
視界が、白に染まる。目の前のこの人が着ていた白いTシャツが近づいてきて、私を包み込む。細く綺麗な両手が私の背中を撫でて、全てを支えてくれていた。
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