第139話 大人な二人の小旅行4

139話 大人な二人の小旅行4



「あぅ……太ももにいっぱいキスマークが……」


 一人ぼやきながら旅館の部屋の中で絆創膏を貼っていく私を、後ろからアカネさんが見つめている。


 地酒祭りを出てからおよそ三十分。旅館のチェックインや荷物の積み込みなんかを済ませた私はようやく一息ついているのだが、そんな中さっきまで寝ていた酔っぱらいが目を覚ます。


「んー! あれ、ここどこぉ?」


「旅館です。アカネさん、酔っ払って寝ちゃってたんですよ」


「ほよ? あー、そういえばミーちゃんと日本酒飲んでて……そうだ! 太ももいっぱい吸わせてもらったんだ!!」


「なんで余計なことまで覚えてるんですか……」


 冷蔵庫に入っていたペットボトルの天然水を飲みながら、アカネさんは大きくのびをして完全に酔いを無くした。


 この人初めて会った時はそれほどアルコール耐性あったわけじゃないのに、今では色々と強いのを呑みすぎて完全に強くなってきてる。さっきは多分私より呑んでたはずなんだけど、回復が早すぎだ。


「日本酒、減っちゃった?」


「え? あー、いや大丈夫ですよ。アカネさんと呑んでたのは一種類で三本買ってたやつだけですから。まだどれもちゃんと二本ずつ残ってます」


「お、同じのを三本? ねえちょっと待って。私とりあえずお財布だけ渡して特に買うものは詳しく見てなかったけどさ。もしかしてとんでもない量買ってる?」


 とんでもない量、と言われても。確かに一種類につき多いものだと三本買ってはいるが、一本しか買ってないやつとかもある。ちゃんと値段を見て、高すぎるやつは買わなかったり買う量を抑えたりして調整した。いくらアカネさんが相手とはいえ、人のお金なのだから。


「お財布、返しますね」


「あ、うん。ありがと……って、中身すっからかんじゃん!?」


「へ? 使って良い分だけ渡してくれたんじゃなかったんですか?」


「うぅ……まあ別に良いんだけどさぁ。まさかあの量が無くなるとは……」


 どうやらアカネさんは私が使うと想定していた量より多めにお金を入れていたらしい。少し悪いことをしたか、なんて思ったけれど、ぽいっと空になったお財布を鞄の中に放ると、「今日はミーちゃんのための日だしね」と許してくれた。


 今日の小旅行は当然和人さん達を驚かすという目的もあったようだが、やはり主となっているのは私のガス抜きらしい。普段から色々な仕事で忙しい思いをさせてしまっているから、とか。まあ確かにここ数年本当に忙しい日々が続いているし、仕事だけじゃなくアカネさんの身の回りの世話までさせられているから大変ではあるけれど。


(嫌だと思ったことは、何気に一回も無いような……)


 それは、私が心の底からこの人に憧れているからか。それとも、”あの日″のことに恩義を感じているからか。はたまた……ただ楽しいだけなのか。


 分からないけれど、別に分からなくていいと思った。


「は〜ぁ。もうお昼過ぎかぁ。お昼ごはんはもう要らないだろうし、だらだらイチャイチャしよっか?」


「だらだらは賛成ですね。後半のは聞かなかったことにします」


「なんで聞いてくれないの!? ミーちゃぁん! イチャイチャしようよぉ!!」


「イチャイチャなんてしませんっ! 私はこれから温泉に浸かりに行くんですから!!」


「あー、ズルい! 私も行くー!!」


 グイグイと迫ってきて、ぴっとりと私に抱きついてくる。本当、この人はだらしないというか子供っぽいというか。


 けれど、こんな自由な振る舞いをするアカネさんの姿を、私は不覚にもかっこいいと思ってしまったわけで。今では何でそんなことを思ったんだとため息を吐きそうになるけれど、きっと騒がしいながらもここまで楽しい日々を送れる人生には、この道を……この人について行くことを選ばなければ辿り着けなかっただろう。


(そういえば、もう二年以上も経つのか……)



 あの日。人生のどん底で、もう全てが嫌になって何もかも投げ出そうとしていた私を救ってくれたのは他でもない。アカネさんその人なのだから。

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