第137話 大人な二人の小旅行2

137話 大人な二人の小旅行2



「いらっしゃいいらっしゃ〜い! 名酒鬼泣かせを産んだ土地発足の新酒、『神殺し』先行販売だよ〜!!」


「ここでしか買えないお酒、揃ってますよ〜! 試飲どうですか〜?」


「わぁ……わぁっ!」


「ミーちゃん、子供みたいに。こんなに目がキラキラしてるところ私見たことないよ……」


 裸足にクロックスでゆっくり歩こうとするアカネさんを引き連れて。温泉宿に車を停めてから徒歩五分のところにある宴会場に到着した。


 見渡す限り、お酒お酒お酒。大きな広場で行われているこのお祭りではお酒の種類ごとに配置が決められており、ワイン、ビールなんかのコーナーを素通りした私は一直線に日本酒コーナーへ。好きだねぇ、なんて後ろで呟くアカネさんを急かして、人混みを切り分けていく。


「お、ちょっとそこの可愛い姉ちゃん。これ、どうだい? うちの農地の米を軸に作った試作品、河野鳥!」


「ほほう、河野鳥ですか。新しく作った……どうりで聞いたことないはずですね。では、一杯!」


 紙コップに入った試飲用のものを一つ貰い、口に含む。


 日本酒にしては甘い、とっつきやすい味。色はかなり透明に近くて、後味も残らずすっと喉を通っていく。これは中々に万人受けしそうな日本酒だ。味の問題で手を出さない人も多い日本酒の弱点を見事に克服しているように思える。まあ、逆に言えばその苦味を楽しみたい人にとっては────


「わぉ。ミーちゃんすごい真面目な顔……。なんかもう、ほんと日本酒には目がないというか何というか。もはや真剣に向き合ってるまであるんだよねぇ」


「ははは、そっちの姉ちゃんもどうだい?」


「ん、貰おっかな。……おっ、これ甘めで美味しい!」


 一店舗目、二店舗目と。一つ一つに悔いを残さぬよう長めの滞在時間をとって吟味しながら、私は一切遠慮しなくていいと言うアカネさんの言葉に甘えて購入した日本酒の瓶をキャリーケースに一本一本、丁寧に詰め込んでいく。


 元々手提げ袋なんかじゃキツイだろうと思っていた私があらかじめ用意していたものだ。これなら重くなっても手で引いて地面を転がすだけだし、何より落としたりして大事なお酒を割ってしまう心配もない。


「ねーねーミーちゃん、見てあれ。日本酒の横でお漬物売ってるよ〜! 温泉宿の部屋であれつまみながら、ってのも乙で中々良いと思わない?」


「いいですね! ぜひ見たいです!!」


 ああ、本当に楽しい。普段からキッツい仕事の数々をこなしてきて本当によかった。きっとサラリーマンの人達が有給で社員旅行に行く時ってこんな気分なんだろうなぁ。就職したことないから知らないけど。


「ふふっ、遠くまで来た甲斐あったね。ミーちゃん、他の何よりも日本酒をプレゼントした時が普段から一番喜ぶし。ほんと、他のお酒はほとんど呑まないのに」


「だ、だって日本酒が一番美味しいんですもん……。仕事終わりに部屋で一人呑んだら疲れも全部吹き飛んで、身体がスウッと軽くなって気持ち良くなれるんですよ?」


「おっとそれ以上は良くない。その言い方は公共の場で言ったら最悪通報もののやつだ」


 でも、そういうアカネさんも普段逆に日本酒だけ全然呑んでない気がする。鬼泣かせや辛口ビールが呑めるんだから舌がお子ちゃまということもないだろうし、度数は言うまでもないし。この際だからこの人にも日本酒の良さを是非知ってもらいたい。


「って、ミーちゃん? なんか顔が怖……わっ、ちょっと!? 積極的なのは嬉しいんだけど急に何!?」


「いい機会です! アカネさんに日本酒の良さをたっぷりレクチャーします!!」


「ひえっ!? ちょ、やめっ! なんか怖い! ミーちゃんがミーちゃんじゃないよぉ!!」


 ふふ、ふふふふふっ。絶対に逃しません。確かに一人で呑む日本酒もいいけれど、誰かと呑むのも最高なのです。


 この後、宿で一緒にたっぷり楽しむためにも。まずはここで魅力を知ってもらわないと!




 宴はまだまだ始まったばかり。今日はここ最近の疲れを全部ぶっ飛ばして最高にハイになるため、天国を心いくまで楽しもう。

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