第133話 二人きりの海水浴6

133話 二人きりの海水浴6



「風鈴……?」


 緩やかな風が吹き、風鈴が小さく音を奏でる。色鮮やかなそれらは見た目もとても可愛くて、まさに夏の風物詩たるにふさわしい姿をしていた。


「わぁ、綺麗っ」


「本当だな。なんか見てるだけで涼しくなってくる」


 風鈴か。あれをリビングのベランダ前に吊るしておくのも、中々いいかもしれない。


 いるかいらないかと言われれば正直なところ微妙だと思うものなのだが、あの風鈴はそのイメージを覆すほどに綺麗だ。シンプルなインテリアとしてもとても良いものに思える。


「よし、買うか。色はいっぱいあるけど……サキ、選んでいいぞ」


「何言ってるの。和人も一緒に選ぼ? ほら、和人の好きそうな色もいっぱいあるよっ!」


「むむ……多すぎて決められそうな気がしない……」


 サキに一任しようとしたのは当然好きな色を選んで欲しいというのもあったのだが、それ以上に俺自身が選べそうになかったからである。


 様々な色、形、模様。正直どれも別の魅力を持ち っていてすぐに切り捨てられるようなものではない。吟味していてはかなりの時間が経ってしまいそうだ。


「そんなに深く考えなくてもいいからさ、二人で一番好きな色のやつ選んで最後にどっちにするか決めよ? 私もとっておきの一つ選ぶから!」


「お、おう。分かった」


 風鈴を同じ部屋に二つはいらない。きっとそれはサキも同様に思っていたことで、結局は最後に二つのうちから一つを決めることになる。


 なら、確かに深く考える必要はないか。最終的に俺はサキの選んだものを推すつもりだし。


(あ、そうだ。それなら……)


 俺は視線の先で熱心に風鈴を選ぶサキを横目に見つつ、目の前のものを一つずつ物色していく。


 俺の一番好きな色、形、模様。正直自分でもそれはよく分からない。けれど……サキの好きそうなものなら、分かる。


 俺は数分で一つのよりすぐりを選び、サキと合流する。どうやらあっちも同じようで、すぐにピンときたものがあったらしくそれを後ろに隠して持ってきた。


「「せーのっ」」


 そして同時に。お互い手に持っていた風鈴を前に突き出す。


「青……?」


「ピンク……?」


 しかし二人して、相手の選んだチョイスに首を傾げる結果となった。


 まず、俺が選んだのはピンク。ガラスの球体の部分にウサギが描かれていて、模様もあまり激しくなく緩やかな雰囲気のものを選んだ。


 そして意外だったのが、サキが青を選んだ事。鯉が二匹描かれたそれは庭の池のようなものを連想させる、どちらかと言えば男性に人気のありそうな柄だ。


「和人、なんでピンクなの?」


「えっ? いや、なんというか……サキが、好きそうだなと思って」


「っ……!」


 かあぁっ、とサキの顔が真っ赤に染まる。少し小っ恥ずかしい台詞を吐いてしまっただろうか。俺も自分で言っておいて、なんか少し恥ずかしくなった。


「そ、そういうお前はなんで青なんだよ。青色、好きだったか?」


「……か、和人が好き、そうだったから」


「っ、おぅ……」


 どうやら、完全に考えが被っていたらしい。お互いにお互いの一番好きそうな風鈴を選び、結果的に二人の一番好きなものが残った形となった。


 初めは購入予定だったのは一つ。サキの選んだものを最終的に買う予定だったが。もうそういうわけにもいかない。


 お互いに、選んでもらった風鈴を心の底から欲しいと思ってしまった。もうその気持ちが治まる事はない。


「二つ、買うか」


「……うん」


 結局俺達はその後風鈴以上に欲しいものを見つけられず、初めの方に選んでいたペアマグカップ、箸置き、優子さん用のウサギのストラップ、アカネさんとミーさん用のこぼれび饅頭(このお店限定の定番のお饅頭らしい)、風鈴二つを購入して、店を出た。


「ありがとな、サキ。なんか……めっちゃ嬉しかった」


「わ、私もだよ。二つ並べて飾ろうねっ」


「そうだな。一番見えるところに、ちゃんと二つセットで付けような」


 シャリ、シャリッ、と砂浜を二人で手を繋ぎ、進む。


 買い物は終わったけれど、まだ俺達は大本命を果たせてはいないのだから。その足取りは行き道より少しだけ、速い。


「よしっ! ここからはたらふく遊ぶぞ!」


「うん! いっぱい遊ぼー!!」



 荷物をテントに置いた俺達は早速、海に入るための準備を始めた。

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