第132話 二人きりの海水浴5

132話 二人きりの海水浴5



「いらっしゃいませー!」


 女性の店員さんの、元気な声が耳を突き抜ける。


 俺たちが入った「海のこぼれび」というお店の店員さんである。木枠の入り口をくぐり中に入ると、そこには緑と青を中心とした様々な商品が並んでいた。


「わぁ、可愛いっ!」


 いかにも女の子が好きそうなレイアウト。どうやらここの商品は全て手作りらしく、木で作られたものとガラス細工が多い。どこを見ても綺麗と可愛いが溢れていて、確かにサキが好きそうな空間だと思った。


「ね、和人和人っ! 早く見て回ろ!」


「おーう」


 サキはVtuberということもあって部屋は機材やゲームが多いが、根を辿ればかなり女の子である。


 元々一人暮らしで殺風景だった俺の家はサキが来て一変。ソファーや枕なんかももこもこベースの可愛らしいものが多いし、小さな可愛い置物なんかもちまちまと置かれている。


 そんな彼女にとってやっぱりここは最高だったようで、もう目はキラキラと輝いて色んなものを手に取っていた。箸置きやコップ、置物にペン立て。男の俺が見てもついつい欲しくなる可愛さのものばかりだ。


「えへへ、見てこれくまさん! あ、しかも色違いのお揃いセットだって!」


「うわ、めっちゃ可愛いなこれ。しかも値段も安い。……よし、買おう!」


 二つで二千四百円というリーズナブルな値段に、その可愛さとお揃いという響き。俺は即決でそれを手に取った。


 他にも興味を惹かれるものは多く、買う買わないを置いておいても、サキと二人で見ているだけで楽しい。手に取って、楽しそうな笑顔で俺に笑いかけてくる姿はもう最高だ。


 そしてやっぱり、どれも買いやすい値段だというのが本当に助かる。手作りと言われれば時間もコストもかかるため普通に売っているものより高い値段設定になりそうなものなのだが。そんなにお金に余裕がない俺達でも簡単に手が出せて、ついつい買う候補を増やしすぎてしまうくらいだ。まあ、そこから何を買って何を買わないかの選別をするのもまた楽しいのだが。


「あ、そうだ。優子さんにお土産買わなきゃだよな。サキ、あの人どんなのが好きなんだ?」


「んー? 優子が好きなもの……あ、あの子は意外と私以上に可愛いもの好きだよ?」


「ほぉ。あー、でもたしかにその片鱗あったかもな」


 以前、サキの誕生日プレゼントを買いにショッピングモールに行った時に知った意外に乙女な一面。あれが無ければ驚いていたかもしれないが、今なら確かにそう言われても納得できる。


「あ、これとかどう? ウサギさんのガラス製ストラップ! 優子鞄とか家の鍵にこういう小さいストラップつけるの好きだから、喜んでくれそう!」


「流石親友だな。俺が選ぶよりもサキの方が絶対好み分かってるだろうし、それにするか!」


 俺の方は悲しいかな特にお土産を買って帰る仲の友達は大学にいないし、家族には……まあこの旅行のこと自体知られていないから必要ないだろう。


 となると、あと買っておかなきゃいけないのはアカネさんとミーさんの分か。元々二人がいなければこの旅行自体が無かったわけだし、感謝の意も込めて絶対に何か買わないと。


「ふふっ、なんか高校の時の修学旅行思い出すなぁ。優子とこうやって、一緒にお土産選んだっけ」


「おっ、俺の知らない時代だ。そういえばサキって全然大学以前の写真とか見せてくれないよなぁ」


「へっ!? だ、だって! その……恥ずかしい、し」


 これはいずれ優子さんに調達してもらう必要があるな。制服姿のサキが可愛くないわけがない。


「もうっ、そんなことはいいでしょ! それよりもまだ色々見たいものが……ん? ねえねえ和人、見てあれ!」


「なんだなんだ?」




 話題を変え、買い物を続けようとしたサキ。彼女がそう言って服の裾を引っ張りながら指を刺したのは……色鮮やかな模様の入り混じる、店の端にぶら下がった数多くの風鈴の数々であった。

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