第126話 Xからの電話

126話 Xからの電話



「お、お話?」


「はい。今ちょうどお二人が探しておられる、鳴川茜様と小鳥遊南様の件についてです」


 時刻は約束の時間ジャスト。本来であればこの人は何人かの従業員を引き連れ、朝ご飯を運んでくるはずだった。


 しかし来たのは女将さん一人なうえ、その手に持っているのは一枚の封筒のみ。そしてそれはすぐに俺に引き渡された。


「端的に申しますと、まず鳴川様と小鳥遊様は既にここにはおりません。深夜のうちにここを出られました」


「えっ!? アカネさん達帰っちゃったんですか!?!?」


 サキの驚きももっともだ。というか俺も口には出さなかったが同じように動揺しまくっている。アカネさんとミーさんが帰った? 一体どういうことなんだ。


「黒田様、そちらの封筒をお開けください。鳴川様からお二人がここに来たら渡すようにと、お預かりしていた物です」


「は、はぁ……?」


 言われた通り封筒を開けると、そこには一台のスマホが。アカネさんのともミーさんのとも違う、少し型が古めの写真でしか見たことのない機種だ。


 女将さんの指示に従い、側部に付いていた電源ボタンを押す。するとロック画面を飛ばしてそのままホーム画面が表示され、一つだけのアプリアイコンが映し出される。


「LIME? あの、これは一体……って、えっ!? 女将さん!?」


 隣から覗き込むサキと二人で画面を注視していると、女将さんはいつの間にか姿を消していた。あの人は忍者か何かか? 気配を消して姿を隠すのが上手すぎやしないだろうか。


「え、えっと? 和人さん、私達どうすればいいの? これ……」


「ど、どうすればって言われてもな。いきなりスマホ一台渡されて説明無しとなると何もできないというか」


 ミステリードラマならここでこのスマホに着信がかかってきて、アカネさんとミーさんは誘拐されているみたいな流れが始まりそうだ。二人が人質に取られていて、俺とサキは犯人の要求に従うしかない、的な……いや、何考えてるんだ俺。


 と、その時。


 プルルルルルルルル


「ふぁっ!?」


 俺の考えを予知したかのように、LIMEの電話が鳴る。相手の名前は、「X」と表示されていた。


「か、かかか和人しゃん!? どうするの!? 出る!? 出ちゃう!?」


「え、エックスとか絶対犯人の偽名だよな!? どうしよう、マジで出たくない!!」


 だが、俺の願いも虚しくなり続ける着信音の圧。出るまで鳴らし続けるぞと言わんばかりに繰り返される音に息を飲んだ俺は恐る恐る……スピーカーモードにした後電話に出た。


「も、もしもし?」


『…………』


 応答はない。十数秒もの間、沈黙が続く。


 そして────


『……へーっくしゅんッッ!!』


 大音量のくしゃみが、響いた。


『あ、やべっ』


「……アカネさん、ですよね?」


『ち、違う。我はX。アカネとミーちゃんは私が誘拐した』


「いや、ぽいの声だけなんですよ。くしゃみでバレてますし、あと誘拐犯がミーちゃん呼びはちょっと」


『っ。あーもう! なんで電話に出るまで時間を空けたのさ! どうせまだ出ないだろうと思ってくしゃみしたのに!! これじゃせっかくの準備が台無しだよ!!!』


「えぇ……」


 とてつもない逆ギレである。理不尽にも程がないだろうか。ただ恐怖しながら電話に出たらくしゃみを聞かされて、その上怒鳴られたんだが。


『はぁ。せっかくだから驚かしてやろうと思ったのにさぁ。私の夢が台無しだよ。わざわざ中古でスマホまで買ったのになぁ……』


 わぁ、財力の無駄遣いぃ。なーにをしてんだこの人。ほら見てみなさい、サキさんなんて情報量が多すぎて固まってるよ? ぽかーんっ、て口開けて放心状態だよ? 初めて見たぞサキのこんな情けない顔。


『ふっふっふ、まあいいよ。お義兄様が今こうして電話に出ているということは、私とミーちゃんの決死の逃避行は無事気づかれなかったわけだ。それだけでもヨシ!』


「ヨシ! じゃありませんが!? アカネさん、いまどこにいるんですか!?」


『んー? どこだろ。ちょっと待ってね』


 今アカネさんは車の中にいるのか、走行音のようなものが微かに聞こえる。加えて隣で運転しているのであろうミーさんとの話し声が薄っすら聞こえて、やがて戻ってきたアカネさんは言った。


『そこから五十キロくらい離れたパーキングエリアを今出て、家への帰り道とは真逆を突っ走ってるらしいよん。ウケる』


 拝啓、お母さん。ごめんなさい。俺は人生で初めて人を殴ってしまうかも知れません。しかも女の人です。女の人ですけど容赦なく殴り飛ばしたいです。許してください、実家で今グダグダ惰眠を貪っているであろうお母さん。


 まるで他人事のように話すアカネさんの笑い声にブチギレそうになりながら、俺は質問を続ける。


「真逆に走ってるって、どういうことですか。旅行の予定は二泊三日でしたよね? ミーさんを連れていかれると俺達移動する足が無いんですが」


『まあまあ、落ち着きなさいな。その事についてはちゃんと教えてあげるから!』



 え……? まだこのスマホをぶん投げて粉々にしてはいけないんですか?

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