第125話 消えた二人

125話 消えた二人



「さて、そろそろいいかな」


「きゅぅ……」


 サキさん弄りを堪能し尽くし、唯一の防御壁であった布団も剥ぎ取った俺はゆっくりと立ち上がる。


 そろそろ、約束していた朝ご飯の時間だ。ご飯はアカネさんの部屋に集まって四人で食べる約束だったから、そろそろ移動しなければならない。


「ほら、行くぞサキ。いつまでも丸まってないで」


「だ、誰のせいだと思ってるの……? 私を弄んだ和人が、全部悪いのにぃ……」


 そんなことを言われても。俺としてはサキが弱みを見せたなら弄らないわけにはいかないし、何よりその時の反応が可愛すぎるし。あとこれは因果応報というやつだろう。甘酒なんかで酔ってあんなことをしなければこうなることもなかった。


「うるさい。ウダウダ言ってないで早く立つのだムッツリーナ。じゃないと昨日のことアカネさんに言っちゃうぞ?」


「そ、それだけはダメ!! ……って、ムッツリーナって何!? 変なあだ名つけないでよぉ!!!」


 ガバッと起き上がったサキは顔を赤くしながらそう抗議すると、俺の腕を揺さぶる。ムッツリーナにムッツリーナと言っただけなのに、不満だったのだろうか。中々悪くないネーミングセンスだと思ったんだが。


「むぐぐ、むぐぐぐぐ……。絶対いつか仕返ししてやるんだ……ムッツリーノに目にもの見せてあげるんだから!!」


 謎のあだ名返しをして頬を膨らませるが、復讐に燃えるその顔すら可愛い。元々温和な顔をしているだけに全く怖い感じが伝わってこないから、子供が拗ねているみたいだ。


 本当はまだこの様子を眺めていたいが、これ以上ここでじゃれているわけにもいかない。そろそろ本当に集合時間だ。


「はいはい、期待して待ってるよ。それより早く行くぞ〜」


「あっ! 絶対今私のこと馬鹿にした! 馬鹿にしたぁ!!」


 サキの叫びを無視し、部屋を出た俺は隣のアカネさん達のいるはずの部屋の前へ。そして小さく二回ノックして、名前を呼ぶ。


「……あれ?」


 だが、返答はない。何回か読んだり襖を叩いたりを繰り返したものの、中からは物音一つさえ聞こえてこない。


「おかしいな、もう時間のはずなんだけど」


 考えられるのは二つ。二人で大浴場に行っているか、まだ寝ているかだ。


 ただ時間にキッチリしているミーさんが一緒なため、集合時間を超えて入浴しに行っているとは考え辛い。となると昨日の疲れがまだ残っていて、二人とも眠ってしまっているのか。


「サキ、悪いけど中見てきてくれないか? 男の俺が勝手に入るのはなんかアレだし」


「むぅ? 別にいいけど……」


 カタンっ、と襖を開けて、サキは一人中へと進む。


 てけてけてけっ。小走りで向かっていったサキはそうして中を探索すると、やがてほんの数十秒で外でまた俺の元へ戻ってきて、言った。


「中、誰もいないよ?」


「マジか」


 となると本当に大浴場に行っているのか。まあ時間に遅れるくらいは全然構わないのだが、俺達は二人が戻ってくるまでの間どうするか……。


「ねぇ和人。中に誰もいないだけじゃないよ。……二人の荷物とかも、何も無い」


「……え?」


 ミーさんはここまで歩いてくる時、着替えなんかが入っているのであろう大きめの鞄を持っていた。大浴場に行くためだけに、わざわざそれまで持っていくだろうか。


 何かとてつもなく嫌な予感がする。俺達が知らない間に、とんでもないことが────


「黒田和人様、黒田サキ様。お話があります」


「「!!?」」




 と、心の中を一抹の不安がよぎったその時。俺たちの背後から現れたのは、この宿の女将さんであった。

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