第122話 二人の気づかぬ、その裏で2

122話 二人の気づかぬ、その裏で2



「……へ?」


 ぷくりと頬を膨らませ、アカネさんは「分かってないなぁ!」と呟きながら、キョトンとしている私を必死で説得するかのように言葉を続ける。


「ミーちゃんはいいの!? サキちゃんのお兄ちゃん呼びも、たまにそれを忘れて可愛く慌てる姿も、私たちにバレないように和人君に好きを囁くところも……全部無くなっちゃうんだよ!?!?」


「は、はぁ?」


 あ、これ違う。多分私は間違ってることなんて言ってない。ただただ……アカネさんの趣味の問題だ。


 というか最後の一個に関しては全く知らなかったんだけれど。サキさんは私達に隠れてこっそり和人さんに好きを囁いていたなんて。そんなラブコメの主人公とメインヒロインみたいな……。あと、それをアカネさんに知られてるなんて、なんだかサキさんが可哀想になってきた。


「もぉ、ミーちゃんは本当昔から変わらず頭が硬いよ! 確かに私達がそのことを伝えればサキちゃんはもっと楽に接することができるかもしれない。でも、その分失うものもあるってことに気づかなきゃ!」


「あ、あれ? 私怒られてます?」


「怒られてるよ!!」


 相変わらず、この人は。自分の好きなもののためならいつも全力で、絶対に自分を曲げない。その方向性はちょっと……いや、かなり変な時がほとんどだけれど。


(昔から変わらないのは、アカネさんの方ですよ……)


 一度決めたら全速力。そんな猪突猛進なところは、アカネさんの一番の長所だ。例え掲げた目標が凡人ではなし得ない目標だったとしても、この人であれば達成できる。そう思わせる凄みと人間性、そして何より実力が全て備わっている。


 天才ゆえに苦悩を強いられる家に生まれて、言われた通りの道を進まなければいけないという環境に置かれながらもそこから自由を手に入れた。あの話を聞いた日から、この人には驚かされて苦労をかけられるばかりの毎日。大変だけど、ずっとついて行きたいと思っている自分がいるのも事実だ。


「ちょっとミーちゃん! 聞いてるの!?」


「はいはい、聞いてますよ。とりあえず私達が二人の関係に気づいていることは言わなければいいんでしょう? アカネさんに後からごねられるのも面倒ですし……それでいいですよ」


「む、なんか嫌な言い方された。私がいつミーちゃんにごねたって言うのさ!」


「ほぼ毎日です」


「ぐっ!!」


 私の言葉にアカネさんは心臓を撃たれたような動作をとって、ふざけて見せる。なんだか無性に本気のデコピンを喰らわせてやりたくなったけれど、その気持ちは小さな一回のため息と共に消えた。


 こんなことで怒っていてはキリがない。それに、今から私は更にこの人のワガママを聞かなければいけないのだから。


「とりあえず、さっきの話はもう終わりでいいです。それより今夜……本当にやるんですか?」


「ヤるって……ああ、あの事? 勿論!! そのために入念な準備を重ねてきたからね!!」


「私は正直まだ乗り気じゃないんですが。やっぱりやめませんか? 私も準備はしてますけど……どうなっちゃうか、分かりませんし」


「ふふっ。そんなこと言いながら、ミーちゃんも実はちょっと楽しみだったり?」


「そ、そんなわけないでしょう!?」


「またまたぁ。安心してよ。……絶対、満足させるから♡」


「うっ……」


 アカネさんの決めたら一直線な性格は、私を助けてくれた。何の価値も見出せない人生を歩んでいた私を掻っ攫って、常識の外へ連れて行ってくれた。


 今回も、私のために色々と準備してくれていたことは知っている。だからこそこの旅館の女将さんに迷惑をかけると分かっていても、断れない。そして……私の心はもう、アカネさんにガッチリと掴まれてしまっている。本当は少しだけ、楽しみにしてしまっているのだ。


「全力で楽しもうね、ミーちゃんっ」



 私は心の中で小さくごめんなさいをして、アカネさんの指示に従うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る