第121話 二人の気づかぬ、その裏で1

121話 二人の気づかぬ、その裏で1



「アカネさん、ちょっといいですか?」


 私の渡したコップの中の水をちょびちょびと飲みながら、先程までの酔いが抜けて大人しくなったアカネさんに、声をかける。


 サキさん達と別れてから数分。あの様子だともう二人がここに戻ってくることはないだろう。だから、話すなら今だ。


「どうしたの? そんなに真剣な顔して」


 それは、ずっと頭の中から離れなかった疑問。初めて会って、何回かこうして配信関係や完全オフでしばらく一緒にいる中でその疑問は、ほぼ確信へと変わっていた。


「サキさんと和人さんって……兄妹じゃ、ないですよね?」


 ピクッ。私の言葉を聞いたアカネさんの肩が、小さく反応する。


「どうしてそう思うの?」


「どうしても何も。こう、なんて言うんですかね。明らかにあの二人は、兄妹って感じの雰囲気じゃないんですよ。和人さんもサキさんも、お互いにお互いのことを異性として好き。そんな感じがして仕方ないんです」


 二人が兄妹ではないと確定できるような出来事があったわけではない。でも、その節がふとした会話や仕草から溢れ続けていた。


 和人さんはまだ、過保護な兄として見ることができるかもしれない。しかしサキさんの方は、あまりにボロが出過ぎている。たまにお兄ちゃん呼びを忘れていたり、和人さんが見せた気遣いや優しさにたじろいでいたり。こんな言い方はあまり好きじゃないけれど……恋する乙女の顔をしていた。


「……はぁ。ま、気づくよね。恋愛に疎いミーちゃんですら気づくんだから、当然私も」


「アカネさんはいつから気づいてたんですか?」


 ポリポリと頭を掻きながら、アカネさんは返答する。


「初めて会った時から。だってあの二人……全っ然顔似てないし。あと、隠れイチャイチャしすぎだし」


 初めて会った時からって……。私は確信を持ったのはつい最近だったというのに。


「サキさん達は、どうして兄妹のフリをしてるんですか? 別に恋人同士なら、最初からそう言ってくれれば……」


 サキさんは、Vtuberという職業上彼氏バレは避けた方がいいということは分かる。アカネさんのマネージャーとして働くために勉強をしていた頃、それが原因で登録者が激減したり引退に追い込まれたりした人も見てきた。


 でも、それならどうして和人さんをわざわざ兄とまで偽って連れてきたのか。最初から隠す気なら、連れてこなければ済むだけの話のはずだ。逆に一切隠す気がなかったのなら、最初からそう明言してくれていた方がこちらも対応が楽になる。


「ミーちゃん……そんなの、決まってるでしょ? サキちゃん一人で私の家に来るのが怖かったからだよ。考えても見てよ。いくら憧れのVtuberが相手とはいえ、いきなり住所送りつけてきて家に来てって言う人……信用できる?」


「それをやった張本人が言いますか……。もちろん信用できませんよ。実際アカネさんはサキさんを見た瞬間襲おうとしてましたし」


「うんうん。つまりお義兄様は用心棒ってわけ。でも、私がどんな人か分からないうちからいきなり彼氏ですとは言えないでしょ? この業界では彼氏バレなんてタブー以外の何者でもないからねぇ」


 要するに、サキさんなりに頭を使っての行動だった、ということだろうか。確かにアカネさんが極悪人ならその情報をどこかに売ったりリークしたりしてもおかしくない。まあ実際にはこの人は「柊アヤカ」の大ファンで、ただ早くコラボしたい、仲良くなりたいの一心で家に誘っただけの人だったわけだけど。


「あ。でも、もうその必要は無くなったんじゃないですか? アカネさんの人柄は伝わってるでしょうし、こちらから恋人関係であることに気付いたと言えば、正直に答えるんじゃ……」


 私がこの疑問をわざわざぶつけたのは、アカネさんがどう思っているのかを知りたいからってだけじゃない。おおよそ気付いていることは予想したうえで、この提案をするためだ。


 サキさんなんて特にだけれど、私達と会う時だけ恋人のように接することができず、兄妹として振る舞わなければいけないというのは疲れると思う。だからもうこっちから話を持ちかけて、楽にいられるようにしてあげたいと思った。あと、きっとアカネさんならこれに賛成してくれる。そう、思っていたのだけれど。


「何言ってるのミーちゃん! そんなの、絶対にダメだよ!!」


 だから、こんな返しをされるとは予測していなかったのだ。


────まさか身を乗り出して、ここまで反対してくるなんて。


 バンッ、と机を叩きながら叫んだアカネさんの凄みに、一瞬身体が震えてしまう。私はそんなに悪いことを言ってしまっただろうか。




「そんなことしたら……サキちゃんのお兄ちゃん呼びが聞けなくなっちゃうでしょ!?」

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