第111話 アカネさん流背中流し

111話 アカネさん流背中流し



 ミーさんを筆頭に、私たちは脱衣所を出る。時間がちょうどよかったのか、周りに他のお客さんは誰もいなかった。


 あの後アカネさんは少しだけ拗ねていたけれど、すぐに機嫌は治った。私とミーさんがタオル一枚で秘部だけを隠す、ほぼ裸の姿になってからである。


「ねーねーサキちゃん! 背中洗いっこしよーよー! 私が丁寧にタオルを使ってゴシゴシしてあげるからさぁ……ふへへへっ」


「ダメですよアカネさん。サキさん困ってるじゃないですか」


「おや? おやおやぁ? ミーちゃんもしかして嫉妬かにゃぁ? 安心してよ、ミーちゃんの背中も私が流してあげるからぁ〜♪」


 流されるまま、私→アカネさん→ミーさんの順でシャワー付きの鏡の前の椅子に座って並び、身体を洗い始める。ミーさんは私のことを思って初めは止めてくれようとしていたけれど、自分では届きづらい背中を流してもらえるのだ。嫌な気はしなかったので、お願いすることにした。


 備え付けのシャンプーを手につけ、少し擦ってから事前に湿らせた髪を洗う。髪の長い私とミーさんは時間がかかるけれど、ショートヘアのアカネさんは先に一人頭を洗い終え、ワクワクした表情でタオルを泡立てていた。


「アカネさん、お待たせしました。お願いしても……いいですか?」


「あいよ合点! 任せんしゃい!!」


 もし尻尾が生えていたらぶんぶんと振り回していそうなほど喜びを表に出しながら、アカネさんは椅子と一緒に私の背後へ。私はそれに合わせて洗い終えた後ろ髪を片方で結んで前へ流し、背中を空けた。


「おっほぉ、これがサキちゃんの背中……♡ 肌に吸い付いてくるみたいなモチモチ感がこれまたなんとも……」


「ひっ!? あ、やっ……」


 つんつん、と指先で背中をつつき、なぞり。謎の感想を呟きながら、アカネさんは私の背中を刺激する。


 くすぐったくて、どこか変な気持ちになりそうな指遣い。背骨をぐりぐりされると、咄嗟に口を押さえてしまうほど変な声が漏れそうになる。


「ふふっ、敏感なんだね♪ 鏡越しで見るその表情、女の私でも唆るものがあるよぉ」


「や、やめてくださひっ。背中いじいじ、ダメです……っ」


「えー? 私にはどこか喜んでるようにも見えたけどなぁ。ま、そこまで言うなら仕方ないね。背中、ちゃんとゴシゴシしよっか♡」


 温泉の湯気に当てられて、ほんのりと熱の籠る身体にアカネさんの優しい声が響く。


 もし、和人と入るように日常的にアカネさんとお風呂に入る事になると……なんて想像してみたら、少しゾッとした。この甘々な声にお風呂の密室空間で惑わされ続けたら、色んな意味で簡単に堕とされてしまいそうだ。


「じゃあ、いくよー」


 ゴシゴシ、ゴシゴシ。柔らかい素材のボディタオルを軽く手で擦り、泡でもこもこにしてから、アカネさんは私の背中に押し当てる。


 ゆっくり、ゆっくりと上下していくタオルの感触は、はっきり言ってとても気持ちが良かった。


 さっきの指遣いはどちらかと言うと少し激しめで、意地悪な感じだった。でも今回は私の全てを撫で尽くして包んでいくかのような、優しい感じ。


「んっ……あぅ……」


 アカネさんは背中を洗い終えると、次は私の脇を擦り、ピンッ、と横向きに伸ばすよう言われて従った腕を、指先まで丁寧に撫で回した。


「んー……えいっ」


「ひゃっ!?」


 不意に二の腕を摘まれる。ぷにぷに、ぷにぷにと私が気にしている柔らかな所を揉んで、にへらと笑っている。


「ねぇねぇ、知ってる? 二の腕の触り心地って、おっぱいと同じらしいよ? つまりサキちゃんのお胸も、これと同じくらい柔らかくて、吸い付いてくるんだね……♡」


「あ、あぅ……ぅっ。揉まないで、ください。ぷにふになの、気にしてるんです……」


「なんで? ぷにぷになのは悪いことじゃないよ。サキちゃんの場合は太いわけでも、お肉が溜まってるわけでもない。ただお肌の質感が良いから、程よくぷにぷにするだけなんだよ♪」


 色気のある笑みを浮かべながら、アカネさんは私を全肯定する。甘やかして、甘やかし尽くして。私の身体を何度も褒めながら、ゆっくりと。泡を上半身中に伝播させ、シャワーでそれを洗い流しながら私の身体をほんのりと暖めてくれる。


 本当にこのままでは変になってしまう。気を強く持たないと。そう思い気を引き締めて前を向いた瞬間。私の耳元で、アカネさんが囁いた。


「はい、おしまい♡ お胸と下半身まで触るとミーちゃんに怒られちゃうから、ここまでね。サキちゃんの身体……可愛かったよ♡」


「あっ……ひゃ、ひゃぃっ」


 私の反応を見て、最後に嬉しそうに微笑むと、アカネさんはまたいつもの明るいテンションに戻った。そしてそのままミーさんの元へ駆け寄り、背中を洗い始める。


(やっと、終わった……)


 大事なところは触られずに済んだ。危機を乗り越えたのだ。それだと言うのに……何故だか少しだけ、寂しい気分に────


(い、いや違う! これは絶対、違うッッ!!)




 パチンッ、と自分の両頬を強く叩き、痛みで思考を正常化させる。そして不意に生まれかけた謎の感情は、心の奥深くに封印することを固く誓うのだった。

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