第109話 大浴場へ行こう

109話 大浴場へ行こう



「ふいぃ。お腹いっぱいだぁ……」


 ぽんっ、とお腹を叩いて摩りながら、アカネさんはミーさんに寄りかかって満足そうにくつろぐ。


 全員で夜ごはんを隅々まで堪能し、部屋にはほわほわとした空気が流れていた。サキもどこか眠そうで、そのまま放っておいたら寝てしまいそうだ。


「ミーちゃん、今何時ぃ?」


「七時五十分です。時間的には、まだ充分間に合いますよ」


「んー、そうらねぇ……」


 時間? 間に合う? 何の話をしているのかは分からないが、まだ配信本番までに何かすることがあるのだろうか。ああ、サキの甘酒の試飲か?


「入りに行こっか、温泉」


「「温泉!?」」


「? どうかしたの、二人とも?」


 サキは眠気でほんのりと暖かくなっていた身体をピクりと反応させ、目を光らせる。同時に驚きの声を上げた俺の身体も無意識に、同じような行動をとっていた。


 そうだ。いろんな所をまわって、こんなきれいな宿に泊まれるというだけで興奮して。この旅行の大本命の存在をすっかり忘れるところだった。


 俺たちは、温泉旅行をしに来たのだ。


(ふふ、ふふふふふ……)


 脳裏にチラつくのは、邪な欲望。こんなとびっきりの美女三人と来ているのだ。混浴の大浴場で……へへっ、へへへっ。


「あ、言っとくけど混浴じゃないからね。お義兄様は男湯」


「なぬっ!?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、容赦なくアカネさんは俺の野望を打ち砕く。そんな、もう少し夢を見せてくれたって……


「お兄ちゃん? 何を考えてたのか……私、詳しく聞きたいなぁ?」


「ひ、ひぇ……」


 ダメだ。ここにももう一人野望キラーがいた。サキに考えいたことを素直にゲロってしまったら笑顔で温泉に沈められそうだ。……いや、なんならもう今から沈められてもおかしくない。コワイ。俺の彼女、コワイ。


「まあ安心してよ。私たちの泊まってる部屋にはそれぞれ、小さいけどちゃんと露天風呂の温泉があるから。夜にはたっぷり、二人で楽しんでね♪」


「ア、アカネさん!? 何言って────!!」


「ヨシッ! ヨシッ!! ヨシッッ!!!」


「何そのガッツポーズ!?」


 アカネさんとミーさんは、俺が今まで見てきた中でトップファイブに余裕で食い込んでくるほどの美女だ。二人のバスタオル姿を見たくないと言えば、嘘になる。というか正直めちゃくちゃ見たかった。


 だが、俺の中の優先順位は常に変わらない。やっぱり一番はサキなのだ。せっかく車でこんな所まで連れてきてもらっておいて、サキと温泉に入れずに帰るなんてことはあってはならない。大浴場で無理なのは仕方ないから、後でじっくりと部屋の方で楽しませてもらうとしようか。


「よぉし、このままじゃ配信を待たずして寝ちゃいそうだしね! そうと決まれば、いざ温泉に行こー!」


「おー!」


「っ……おー!!」


「お、ぉー……」


 少し気恥ずかしそうにしながらも、ちゃんと号令に参加してくれたミーさん。彼女も内心、ここの温泉を楽しみにしていたのだろうか。


 そんな反応を見たら、俺までどんどんテンションが上がってくる。大浴場では俺だけ別れてしまうけど、見れないものは想像でカバーしながら一人でくつろがせてもらう。日中動き回った分、夜は癒しにたっぷりと時間を割きたいからな。


「じゃあサキちゃんたちは旅館着取ってきてー。温泉入ったら、それに着替えてもらうからねっ」


 おお、そうか。ここからはサキの旅館着姿も見れるんだったな。本当にこの旅行には俺を楽しませてくれる要素が盛り沢山で飽きさせないな。流石はアカネさん。


 なんて、そんなことを考えながら俺はサキと部屋に戻り、支度を始める。


 だがこの時俺は、すっかり忘れてしまっていたのだ。


「サキちゃんと、お風呂……ぐへっ、ぐへへっ」





────今心の中で褒め称えた相手は、ただの美女ではない。過去出会った人物の中で、最上級のド変態であったということを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る