第108話 みんなで夜ごはん

108話 みんなで夜ごはん



「ちょうど、私が飲もうと思って買っていたものです。これをどうぞ」


 ミーさんがスッと差し出した小さな瓶の正体は、甘酒。


 飲む点滴とも呼ばれるそれには栄養素が大量に含まれており、二十歳未満の子供なんかでも飲む人は多い。確かアルコール度数は一パーセントよりも遥かに低くて、酔う人なんて滅多にいないとか。


 三パーセントのちょろ酔いで潰れてしまったサキだが、この甘酒なら、或いは……


「ありがとうございます、ミーさん! これなら私でも……ッ!!」


 目をキラキラと輝かせ、瓶を受け取って手のひらですりすりしながらはしゃぐサキを見ながら、ミーさんは「いえいえ」と笑みを浮かべる。


 この事態を想定して買っていたわけではないだろうが、それでもやはり流石はマネージャーさん。機転を効かせてあっという間に問題を解決に導いてしまった。あのままだと変な空気になってしまいそうな流れだったから、本当に助かった。


「甘酒かぁ。ミーちゃん、そんなのいつも飲んでたっけ?」


「いつもは飲みませんよ。ただ、本当に気分で買っただけですから」


 プレイス配信開始まで、残り二時間半。ちょろ酔いの時のように一口で昏倒なんてこともないだろうからと甘酒の試飲は後回しにして、俺たちはミーティングを一旦無事に終える。


 そして、次。


 ぐぅぅぅ〜〜〜


「はぅっ!?」


 話し合いがひと段落して力が抜けたのか、俺の隣から大きな腹の虫が雄叫びをあげる。


「う、あぅ……」


 顔を真っ赤にしてお腹を押さえながら縮こまるサキさん。そういえばこの部屋に来る前にもお腹を鳴らしていたんだっけな。


 とはいえ、俺も他人事ではない。昼の海鮮丼はなかなか量があったのだが、それでもやっぱり時間が経てば腹は減る。サキと同じように、力を抜いてしまえば俺の腹からも同じようにいい音が鳴ってしまいそうだ。


「ふふっ、サキちゃんお腹すいちゃった?」


「……すみません」


「いいよぉ〜♪ もう結構いい時間だしね。準備はできてるだろうし、女将さんに言えばすぐに料理を持ってきてもらえると思うよ」


 アカネさんがそう言ってサキの元に寄ってきてからほっぺたをツンツンしてじゃれ始めると同時に、ミーさんは即座に立ち上がってその節を女将さんに伝えに行った。


 そして数分。アカネさんの言っていた通り準備は終わっていたのであろう女将さんたちが机の上に鍋を置く。


 グツグツと音を立てて沸騰する水面と、ほんのりと香ばしい甘い香り。中央にドンと構えられた鍋を囲むように、四人分の取り皿とご飯、卵、お箸、お茶が用意される。


「さあ、ここのは絶品だよ! ────いざ、すき焼きパーリィーッッ!!!」


 高級旅館の、高級すき焼き。やはりその美味しさは格別で、お肉は舌の上で蕩けるし玉ねぎなんかも出汁が染みてて最高で。俺もサキも、そして驚いたのはミーさんまでもがパクパクと次々にお肉を頬張っていて、四人でつつく鍋はあっという間に空っぽになってしまった。


「ふぃ〜、食べた食べたぁ」


「美味しかったです……ほっぺた、落ちちゃいそうでした……♪」


「そう言ってもらえるとプレゼントした甲斐があるねぇ。でも、実はすき焼きの本領はここからなんだよ」


「本領……?」


 今鍋の中に残っているのは、すき焼きの出汁と細かな野菜たち。メインであるお肉は食べ終えてしまったし、まだ本領が残っているとはとても思えないが。


「ミーちゃん、お願い!」


「はいはい。分かりましたよ」


 ミーさんは元々ご飯が入っていた、今はカラのアカネさんのお椀を手に取り、お鍋の前へ。そしてお玉を使い、野菜たちと共に出汁を一杯、注いだ。


「アカネさん、まさかっ!?」


「ふふんっ、そのまさかだよ」


 出汁が入り味噌汁のようになったお椀。そこにミーさんは、おかわり用に置かれていたご飯を……ぽちょん。


 じゅわぁ、と出汁の中にお米は染み込んでいき、柔らかく蕩けていく。


「すき焼きおじや! これしか勝たん!!」


「「……ゴクリ」」


 既にお腹はいっぱい。これ以上はもう食べられない、なんて思ってはいたが。それでもその提案は、あまりにも魅力的すぎた。


 甘い出汁×ご飯などカロリー的にも暴力でしかない。そのことはよく分かっている。だが……抗えない。


「お、俺も食べます!」


「私も!!」



 まあ、欲望に負けたらその後は簡単なもので。結局俺に至ってはご飯を更に二杯もいただいてしまい、全員が食べ終わる頃にはお鍋の中は本当に出汁のみしか残ってはおらず。本当の意味で、すき焼きを隅から隅までたっぷりと楽しんだのだった。

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