第105話 お布団でのんびり
105話 お布団でのんびり
旅館に戻り、一息。アカネさんとミーさんとは別れ、サキと二人きりの部屋へと戻り窓際のオシャレ椅子で脱力する。
「ふぅ、歩き疲れたな」
「私も疲れたぁ……」
時計を見ると、まだ夕方の五時前。こっちに着いたのが昼前なわけだから、何気に五時間くらいは温泉街にいたことになる。だがそうとは思えないくらい時間が経つのは一瞬で、なんだかんだとかなり楽しんでいたのだなと自覚させられた。
サキも大はしゃぎしていたからか少しお疲れの様子で、折りたたまれ分厚くなっている布団を箪笥から引きずり出し、ぼふっと覆いかぶさってくつろいでいる。なんだあれ、めちゃくちゃ気持ちよさそうだな……。
「お布団、ふかふかだぁ……。溶けるぅ」
「あまりくしゃくしゃにするなよー。あと場所変わってくれ。俺もやってみたい」
「だぁめ。このお布団は私のらもん」
「お布団ズどっちも取らないでくれるかなぁ」
サキが使っているのは、二人分の布団。上から被さるにはそれが適量なのだろうが、ならせめて俺にもやらせてほしいもんだ。あーあ、だらしない顔して蕩けやがって。いいのか? お前ごとまとめて俺のお布団にしちまうぞ? 上から抱きしめてむぎゅむぎゅしちゃうぞ??
なんて下心丸出しの考えで下卑た視線を向け、今にも上から飛びついてやろうとしたのも束の間。襖がノックされ、サキがむくりと顔だけを上げた。
「サキちゃ~ん。あとであの事について話し合いたいから、こっちの部屋来てもらってもい~い? 全然ゆっくりでいいから~」
「あ、は~い。了解ですぅ」
声の主はアカネさん。必要なことを伝え終えると、小さな足音と共に部屋へと戻っていった。
あの事、というのが何かは分からないが、サキしかいない場所で伝えてこないところを見るに多分俺も後々知ることが出来ることだろう。なら、ひとまずはサキの上に失礼して……
「和人ぉ? 後ろからこっそり近づいてきて、いったい何するつもりぃ?」
「ほぇ!? さ、さあ……なんのことだか……」
しまった。こっちには視線は向いていなかったからどうせ気づいていないだろうと思っていたんだけどな。普通にバレてた。
むくっ、むずむずっと身体を動かし、布団の中央を陣取っていたサキは少し端へ。あれ、俺は絶対入れてもらえないだろうと思っていたのだが。
「……変わるのは嫌だけど、一緒にならいいよ。は、早く来てっ」
「お、おう……」
いつも一つのベッドで一緒に寝たりしているのに、なぜかやけにドキドキする。ここがいつもと違う場所だからか……はたまた、一つ壁を挟んだ先にはアカネさんたちがいるからか。よくわからない緊張感を纏いながら、俺は静かにサキの隣を失礼した。
ぽすっ。体重をかけただけで全身が沈んで飲み込まれてしまいそうになる、柔らかな高級お布団。そこに上半身を乗せ、畳に足を延ばしながら身体を預ける。……最高の感覚だった。サキがすぐに蕩けてしまうのも無理なかったな。
「えへへ……気持ちいいでしょ」
「ああ。これは癖になりそうだ」
「ね。でもこれなら、もっと気持ちよくなれるよっ」
そう言ってサキは、背後から俺の首元に手を回して優しく抱擁する。
首元に伝わる柔らかな腕の感触に、少し眠くなってしまっているのかポカポカと暖かい、背中に押し当てられた大きな胸。ほのかに甘いサキの匂いも鼻腔をくすぐり、夢心地だ。
「和人の背中、おっきい。ギュッてしたらちょっと硬くて……かっこいいよ」
すんすんっ、と俺の匂いを嗅ぎながら、サキは首元に顔を近づけて囁く。
「やっぱり私、和人のこと大好きなんだなぁ……」
布団の気持ちよさで心まで緩んでしまったのか、漏れる心の声。それが恥ずかしい台詞だと気づいたのは数秒後の話で、「あっ……」と己の言動を思い出し、小さく悶えて身体を更に熱くした。
「……わ、忘れて」
「いや忘れられないぞ、流石に。不意打ちでそんなこと言われて、心臓バクバクしてるんだからな」
「あぅ……」
なんだか今日は朝からドタバタしていて、こうしてサキと二人きりでのんびりする時間は取れなかったからな。だから急にこうして脱力してしまうと、口元が緩くなってしまうのだろう。
「まあその、なんだ。……もう少し、こうしてるか?」
「……うん」
それから約一時間。夜が近づき、サキがお腹を鳴らしてしまうまで、この甘々な空気は続いた。
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