第99話 いざ、温泉街へ

99話 いざ、温泉街へ



「アカネさん、アカネさんっ。着きましたよ」


「ふぇ? もぉ?」


 こしこしっ、と猫のように目を擦りながら身体を起こすアカネさん。その愛らしい姿を見て微笑むサキとともに車から降りてもらい、俺たちは旅館へと歩き始めた。


 温泉街は人が多いので、ミーさんの案内で少し暗めの裏道を荷物を持ちながら進み、およそ十分。目の前に現れたのは、多くの旅館が立ち並ぶ、言うなれば旅館街。その中でも一番お高そうな所に案内され、俺とサキは心臓バクバクである。


「か、かかか和人? 私たち、こんな所に泊めてもらうの!?」


「ははは……流石はアカネさん……」


 その名を、吾郎亭。木材建築でありながらも古びた印象はなく、むしろ新しく思える。足を踏み入れて匂いで気づいたが、檜を使っているようだ。


「お待ちしておりました。鳴川茜様ですね。お部屋の準備は済んでおりますので、こちらへどうぞ」


 あれ、まだ受付らしい受付なにもしてないんだが? 隣でのびをしてあくび混じりに目を擦っているアカネさんの名前を、どうして知って……?


 同じ疑問を抱いていたのか、俺も同じように落ち着かない様子のサキと黙っていると、ミーさんが一歩前に出て女将さんらしき人に声をかける。


────なんだか、知り合いのような口ぶりで。


「本当にすみません、また急に予約を頼んでしまって……」


「いえいえ、良いんですよ。ちょうど本当に二部屋だけ空いていましたし、何より茜様のためですから。茜様、またいらしていただけて大変嬉しく思います」


「女将さん久しぶり〜。本当にありがとねー! 今日は目一杯楽しませてもらうよ!!」


「「???」」


 俺たち二人を置いて、談笑が繰り返される。


 内容を聞いていれば、いやでもすぐにわかった。


(アカネさん、常連だ……!!)


 流石タワマンの十一階に住んでいる大人気Vtuber。どうやら何度かここに宿泊しており、しかも女将さんと仲良くなって上客扱いされている。


 だがこれも「アカネさんだから」と納得してしまう自分がいて、慣れって怖いと思った。


「さ、早く荷物置きに行こっか。そろそろ時間的にもお昼だし、お昼ごはんがてら温泉街見てまわろー!」


 慣れた手つきでサクッと受付を済ませ、いつの間にか姿を消した女将さんから部屋の場所を聞いたらしいミーさんを先頭に、ルンルンのアカネさんと綺麗な廊下を歩く。


 やがて一番奥の突き当たりまで進んでミーさんがここだと指差した部屋の名前は、「凪の間」と「百合の間」。部屋割りは自然と俺とサキで凪の間、ミーさんとアカネさんで百合の間となり、それぞれ襖を開けて中へと入り、別れた。


 再集合は三十分後。部屋の中に置かれている旅館着のサイズ確認や荷物整理、あとは初めて来る俺たちに部屋がどんな感じかを味わう時間も考慮してくれての長めの制限だ。


「うわ、なんかもう……凄い部屋だな」


「うん。風情? が凄いや」


 低めの大きな机に、背もたれ付きの座布団が敷かれた脚無しの椅子。押し入れのようなところを開けてみると中には布団が二枚、かなりもふもふで気持ちよさそうなものが顔を出す。


 なんというか……心が躍り始めていた。初めは緊張が勝っていたが少しずつそれも無くなって、今はもう楽しさが百だ。ここで一晩、旅館着を着たサキと夜景を楽しんだり、お風呂に入ったりのんびりイチャついたり……うん、最高だぜ。


「和人〜? 何お布団ツンツンしながらニヤニヤしてるの?」


「うぇっ!? な、なんでもないぞ!」


「ふぅん? 怪しいなぁ……和人、すぐにえっちな事考えるし」


「き、きき気のせいだな! それよりサキ、旅館着の試着しとかないと!」


「むぅ、話を逸らした。まあ……いいけどさぁ」


 それから俺たちは一度旅館着に着替え、サイズを確認。サキは少し胸元がキツかったようだが、本人が大丈夫だと言うのでそういうことにしておく。多分乙女的に、大きなサイズに変更してもらうのは思うところがあるのだろう。


 と、ある程度やることも終わって出掛ける準備もできた頃に、ミーさんが襖を小さくノックする。


「和人さん、サキさん。準備の方、大丈夫そうですか?」


「はーい。今ちょうど終わったところなので出ますね〜」



 さて、ここからしばらくは温泉街観光とお昼ごはんか。サキのやつも随分とワクワクした表情をしているし、何よりこんな事は初めて。俺も、めちゃくちゃ楽しみだな。

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