第82話 頼れる人
82話 頼れる人
時は遡り、数十分前。
「……さて、そろそろいいかな」
私の膝の上に頭を置いていたアカネさんが、和人たちが出て行って数分でそう言い、身体を起こした。さっきまでこのまま寝てしまうのではないかというほどに溶けかかっていたので、急な出来事に驚いて私が硬直していると、アカネさんはそのまま立ち上がって私の正面に座り直した。
「サキちゃん、私になにか相談があるんだよね。さ、話してごらんなさい」
「えっ!? な、なんで……」
「気づかないとでも思ったかい? サキちゃん、少し前からずっとソワソワしてたよ。それも、私の方をたまに意味深な表情でチラ見しながら」
「うっ……すみません」
どうやら、気を使わせてしまったらしい。急にピザが食べたいと駄々をこねてミーさんと和人を買い物に行かせたのは、私と二人きりの時間を作るため。なんだか本当に申し訳ない。
「いいよ。それで、相談の内容は何かな?」
「えっと、実は────」
私はアカネさんに、相談事を包み隠さず打ち明けた。
内容はズバリ、和人の誕生日プレゼントのことである。私は普段から和人に貰ってばかりで、大したものを返せていない。だからせめて形に残る何か良い物を誕生日プレゼントとして送ろうとしているけど、結局まだ選びきれていなくて。相談相手の優子にも自分で選べと見捨てられ(優子のことだから意地悪とかじゃなくて、多分私のことを思ってのことだろうけど)アカネさんにも意見を聞きたい、と。
「ふむふむ、お義兄様への誕生日プレゼントかぁ。しかもリミットは明日。……あれ、私相当ヤバいタイミングで呼び出したね、さては」
「そ、そんな事ないですよ! むしろ最後の頼みの綱というか……相談できる相手、あとはアカネさんしか残ってませんでしたから!」
優子に他の誰かに相談することも禁じられ、この数日間私は一人で考え続けた。でも、どうしても最適解と思えるものが見つからなくて。うだうだして優柔不断になっている間に、誕生日前日になってしまった。
「そっかそっか。頼ってもらえるのは嬉しいし、全力で応えてあげたい気は満々なんだけど……でもサキちゃんは、その友達ちゃんに他の人に相談することも禁止されてる。何か考えあってのことだろうから、それも尊重したい……うーん、難しいねぇ……」
むぅ、と頭をかかえるアカネさんを見て、申し訳なさが止まらない。相談しておいて、それで答えを欲しておいて。そのくせ答えをもらうことは友達を裏切る子になるからと、明確な答えはもらえないと言っているのだ。まるで一休さんに無理難題を押し付けているような、そんな気分になる。
「きっとサキちゃんのことだから、お義兄様の好きなのものとかは把握してるよね。したうえで、どれが一番良いのか分からない感じかな?」
「そう、ですね。何択かまでには絞れたんですけど、そこからが……」
とりあえず私の中でいくつかのものはリストアップして、ある程度買いに行くお店も調べている。でもそこからが全く進まなくて、いっそ全部買おうかと思ったけど、それじゃあお金が足りないし……。
もういっそ「これにしなさい!」と言ってもらえたらどれだけ楽だろうか。その事を何度望んだだろうか。……そんなものじゃ、和人を百パーセント喜ばせることなんて出来やしないのに。
「そっかそっか。なんか、今私がサキちゃんに言えることがハッキリしたよ」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。それはね……」
ゴクリ、と息を呑む私に、アカネさんはそう言って。軽く咳払いをしてから言葉を続ける。
「サキちゃん、難しく考えすぎ! その人が一番喜ぶ物なんて、他人には絶対に分からないの!!」
「……ふぇ?」
「だーかーら! どれだけ中のいい人でも、好きな人でもそれは一緒なの! その人の一番欲しい物なんてその人にしか分からないんだから、考えるだけムダ!!!」
ぽかん、と口を開けてしまった。アカネさんが声を大にして私に言葉を叫ぶのも、あとはその内容にも。なんだか私の考えを根本から覆すようなことで……
「全く、好きすぎるのも考えものだね。恋は盲目なんて言うけど、ここまでになるものなんだ……」
「え、えっと……アカネさん?」
「サキちゃん、難しく考えすぎちゃダメだよ。……あとは、分かるよね?」
「……はい、なんとなくは」
きっとアカネさんが言いたかったのは、私がどんな物を和人にプレゼントしたとしても、それが百パーセント良かった物になり得たかという不安は消えないということ。それを心の底から喜んだのか、それともどこか思うところはありながらも妥協で喜んだのか。そればかりは、本人にしか分からない事だ。
そんな中で一番喜んでもらう方法は何か……アカネさんは、名言は避けて教えてくれた。確かにこれなら、和人を一番喜ばせられる気がする。
「ありがとうございます、アカネさん。私、がんばります!」
「うむ、頑張りたまえよぉ。……っと、あれ? なんだかいい匂いがしてきたね?」
「え? しますか?」
「うん。少しずつ近づいて……今、玄関の前にいるッ!!」
「あっ、ちょっとアカネさん!?」
アカネさんは突如そう言うと、まるで餌を欲しがる犬のように玄関へと走って行った。さっきまで真面目に私の相談を受けてくれていた人とは、とても思えない。
……でもそんなところが、なんだか一緒にいて楽しい。
「……よし!」
答えは手に入れた。あとは、私が頑張るだけだ。
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