第81話 ピザパーティー

81話 ピザパーティー



「ふぅ。結構疲れました……」


「本当にすみません。ピザ以外全部持ってもらって……」


「いえいえ、お気になさらず。このために付いて来たようなもんですから」


 ピザの薄い箱を抱えるミーさんの隣で、俺の両手には数多くのものが入ったレジ袋が握られている。


 お惣菜コーナーのお寿司にコロッケ、大きなペットボトルに入ったお茶とジュース。加えてアカネさんの家で無くなりかけていた調味料や食材などなど。なんでもアカネさんの食事は全てデリバリーかミーさんの手作りらしく、食材類に関してはその料理を作る時のためのものだとか。改めてミーさん、大変そうだ。


「っと、着きましたね。サキさんも心配ですし、早く戻らないと」


 ピザを片手で器用に持ちながら、ミーさんはそう言ってズボンの左ポケットから家の鍵を取り出し、すぐに鍵穴を回す。そして、扉を開くと────


「へっ、へっへっへっ! ピザ! チーズのピザぁ!!」


 アカネさんが、居た。餌を欲しがる犬のように、息を荒げておすわりしているアカネさんが。


「もう、少しくらい待てないんですか? ほら、邪魔なので早くリビングに戻ってください。ピザあげますから」


「わんっ!」


 あ、帰っていった。二枚あるピザのうちから的確にチーズピザだけを持って、それはもう嬉しそうに。


 というか、ミーさん本当に扱い慣れすぎでは? さらっと流してたけど、結構とんでもない絵面だったような……。


「さて、私たちも早く行きましょうか」


「あ、はい……」


 まあいっか。気にしたら負けだな、うん。


 考えるのをやめ、俺はミーさんと共にリビングに戻った。


「あ、お帰りミーさん、お兄ちゃん。お疲れ様〜」


「おう、ただいまサキ。アカネさんに変なことされなかったか?」


「うん。大丈夫だよ〜」


 涼しい室内。ちょこん、とお行儀よく正座しているサキは、平然とそう答えた。こういう時のサキは結構すぐ顔に出るので、一先ずは本当に何もなかったということで安心して良さそうだ。


「ねぇねぇ、早く食べよ! ミーちゃん、いつものあれ取って!!」


「えぇ、またやるんですか……?」


 もう一枚のピザを机の上に置き、ふぅ、と一息ついたのも束の間。ミーさんはすぐに立ち上がり、アカネさんの言う「あれ」を取りに行く。そしてどうやら、その正体は……


「わぁ、粉チーズですか。いいですね!」


 そう、粉チーズだった。俺たちがどんなピザを買ってきたのか知らないサキは自分も使いたい、と少し喜んでいるようだったが、それもあと数十秒の話だろう。


「ピザ、ご開帳〜!!」


 サキから期待の眼差しを、俺とミーさんからゲテモノを見る目を向けられながら、アカネさんはピザの箱を開く。


 すると突如、強烈なチーズ臭が部屋を包み、サキは目を丸くしていた。別に臭いとかじゃないが、そのあまりの物量に言葉が出なかったようだ。


「ふっふっふ〜! ここに、粉チーズを〜♪」


 だが、それだけでは終わらない。アカネさんはその上から大量の粉チーズを振り撒き、チーズオンチーズで更にピザの状態を悪化させた。


 ただでさえ太いピザの耳と同じ厚さになるまでチーズがトッピングされて訳の分からないことになっているのに、その上に大量の粉チーズ。これではチーズ味のピザではなくピザ風味のチーズである。


「サキ、安心しろ。俺たち三人にはちゃんと照り焼きピザがあるから。あのゲテモノはアカネさん専用だから」


「えぇ!? ゲテモノじゃないもん! 美味しいからみんなも食べてみなよ!!」


 そう言ってぷりぷりと怒りながらアカネさんは一切れピザを差し出すが、誰もそれを受け取ろうとはしない。唯一可能性のありそうなサキも、俺が隣で照り焼きピザを開けた瞬間、そちらから目が離せなくなっていた。


「むぅ、サキちゃんまで酷い……。チーズ山盛りの方が美味しいのになぁ……」


 チーズ狂いの狂人は放置して俺たちは照り焼きピザを口に運んだ。ほのかなマヨネーズ風味とお肉一つ一つの少し濃いめの味付けが「これこそピザ」って感じの味を出していて、とてもいい。サキもミーさんも、隣で頰を緩ませてとても美味しそうに食していた。


「ふんっ、だ。サキちゃんさっきまで私にべったりだったくせに、そうやってすぐに捨てるんだ! そんなんじゃいいママになれないよ!!」


「いや、べったりだったのはアカネさんの方では?」


「そんなことないもん。サキちゃん、私に────」


「わぁーっ!? ちょ、言わないって約束したじゃないですかアカネさん!!」


 アカネさんが何か意味深な台詞を吐こうとしたその時、サキが飛び跳ねるようにして即座に反応し、アカネさんの口を塞いだ。あれ? もしかして本当にサキの奴、アカネさんに何かしてたのか……?


「何もない! 本当に何もないから!! はい、アカネさんチーズピザあーんっ!!」


「えへへぇ、あ〜んっ♡」


 あ、餌付けして黙らせた。何これますます気になる。



 なんて、思っていたのだが。結局数分もすれば俺は、そんなことはすぐに忘れてしまっていて。みんなで楽しくピザを頬張りながら、たまにお寿司とかも摘んだりして。気づけば俺が誕生日を迎える二時間前まで、ずっとアカネさんの家で宴会を楽しんでしまっていた。

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