第76話 マネージャーさんのお迎え

76話 マネージャーさんのお迎え



「あ、もしかしてあの車か?」


「え、もう来るの? まだ三十分前だよ……?」


「でもほら、あれ……」


 次の日。一時に来るはずのマネージャーさんを待たせないため、俺たちは昼ごはんを済ませて家を出る準備を始めていた。


 現在の時刻は十二時半。まだ集合まで三十分ほど時間はあるはずなのだが、俺たちのマンションの前には既に一台、車が路駐されている。


 車の車種は詳しくないので正確な名前は知らないが、テレビ……主にドラマなどで見たことのある、そんな車。黒塗りでシンプルなデザインながら、どこか高級感がある。少なくとも普通の車よりは高そうな感じの車だった。


 そしてその中から、一人の女性が降りてくる。


 長く綺麗な青髪を靡かせ、この季節には少し暑そうなスーツに身を包んだ美人。思わず見惚れそうになったが、隣でサキが何やら疑うようにこちらを見ていたため、すぐに視線を逸らした。


「なんか、真面目そうな人だな。……というか、まさか集合時間の一時までああして、ずっと車の外で待ってるつもりなのか?」


 きっと車の中は空調が効いていて涼しいだろうに、俺たちが降りてきた時に車の扉でも開けるためだろうか。流石、マネージャーさんと言ったところか。


 何はともあれ、もう迎えが来てしまったのだから俺たちも早めに準備をしないとな。


「まあ、とりあえず着替えるか。あんまりずっと待たせてもあれだしな」


「う、うん。そうだねっ」


 この七月の馬鹿みたいに暑い時期に何十分も外で立たせるのが危険なことくらい、容易に想像がつく。まだコワモテの男の人とかなら耐えれそうなものだが、加えて相手は女性。あの人のことを思うなら、気を遣わせたと思わせない範囲で急いであげるのが最善だろう。


「じゃあ、私部屋で着替えてくるね〜」


「おーう」


 サキも同じことを思っていたのか、少し急ぎ足で部屋へと戻っていった。俺の着替えは昼ごはんの前にサキがリビングに畳んで置いて行ってくれているから、こっちはサッと脱ぎ着するだけだ。


(それにしても、あのアカネさんのマネージャーさんか。さぞ、苦労してるんだろうなぁ……)


 アカネさんは、主に悪い意味で裏表がハッキリしている。サキだってアヤカの時とはやはり色々と違う点があるが、あの人に至っては完全に別人。Vtuberとして配信をしているときはイケボを撒き散らす姉御肌だというのに、いざオフに戻ってみれば……。


 サキへの初対面の時の反応を考えれば、アカネさんは間違いなく可愛い女の子に目がないド変態だ。あのマネージャーさんも遠目から見ただけで分かる美人さんだったし、日頃から会う機会が多いのならばきっと散々な目に遭わされていることだろう。


「……って、そんなこと考えてる場合じゃないな。俺も早く着替えよっ」


 こうやって色々なことを考えている間にも、あの人は一人で直射日光を浴び続けている。男の俺でもこの季節に外でじっとしているなんて、五分でも苦しいのだ。早く、行ってあげなければ。


◇◆◇◆


「はじめ、まして……私は赤羽アカネの、マネー……ジャーの……小鳥遊たかなし南ぃ……で、す……っ」


「……お水、いりますか?」


「あ、ありがとぅ……ござぃます……」


 二十分後。集合時間より十分ほど早くマンションの下に降りた俺たちは、すぐに声をかけられた。アカネさんからある程度の見ための情報が知らされていたからなのだろうが、まあそれはどうでもいい。


……マネージャーさん、もとい小鳥遊さんは、既に溶けかかっていた。


 今日の最高気温は三十五度。そりゃ、ただでさえ暑そうな格好をしているのだからこうなってしまうのは当然だ。


「ん、んっ……はぁ」


 サキからキンキンに冷えた水を渡されると、力のこもっていない手でそれを開けた小鳥遊さんは、一気に半分も中身を飲む。するとようやく元気を取り戻したようで、おほんっ、と咳払いをして息を整えた。


「すみません、情けない姿をお見せしました」


「いえいえ、気にしないでください。こんな暑い中車の外で長い間待ったりなんかしたら、誰でもそうなっちゃいますよ」


「な、長い間なんて待っていませんよ。つい先ほど、来たところですので」


 いや、嘘ですよね。あなた二十分前からここで何にももたれかからず一人日光を浴び続けてたじゃないですか。凄い。これがマネージャー根性なのか。


 と、感心しているのも束の間。小鳥遊さんは俺がさっき思っていたとおり車の扉を開けて、俺たちを招き入れた。どうやら四人乗りの車のようで、俺たちはそろって後ろの席だ。ちなみに、助手席にアカネさんの姿はない。


「では、お乗りください。私が責任を持ってお送りいたします」



 なんだか、少し堅そうな人だな。そう思いつつ、俺たちは指示通り、冷房のよく効いたその車の中へと乗り込んだのだった。

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