第56話 大好きな人に包まれて
56話 大好きな人に包まれて
「…………むぅ?」
ゆっくりと、目を開ける。ぼやけた視界に映ったのはただの暗闇で、何も見えない。
少し体制を変えると、私は今ベッドの上で布団の中に潜っていることがわかった。だが、なんだか妙に狭い。
私が一人で寝る分には十分なサイズのベッド。一応寝返りも打てるくらいの大きさだというのに、前にも後ろにも、何故かスペースがないのだ。
「ん、くあぁ……すん、すんっ」
あれ? どうしてだろう。すぐ近くに和人の匂いを感じる。後ろの壁からは何も匂わないけれど、前の壁からは何故か……和人のいい匂いがする。
何かが変だ、と思い私は次の違和感に手を伸ばした。
それは、私の頭の下にある枕。私は首を痛めることが多かったからかなり柔らかい枕を選び、好んで使っていたのだが。今日のは何故か、やけに固い。あと、長い。しかもそれに手を乗せて横にスライドしていくと、前の壁にまで繋がっている。もしかして、私はまだ夢の中にいるのだろうか?
「ん、ぉ。すぅぅ……」
と、その時。枕と壁は同時に動き出し、上からもう一つ長細い枕が出現すると、壁と二つの枕で、私は身体を包まれた。
「な、なに……? 一体……」
一瞬、すごく怖くなった。でもそれと同時に、私の鼻腔を和人の匂いがくすぐって。不思議と吸い寄せられた私は、何故かこの状況に、安心していた。
「この、匂い。ダメ……好きだよぉ……」
すん。すんすんすんっ。すんすんすんすんすんっっ。
壁をそっと手で掴み、引き寄せて。私は大好きな人の匂いを嗅ぐ。
(……って、あれ? 壁が、引っ張れた?)
おかしい。目の前にあるのは壁ではなかったのかと、ぼやけている目を擦り自分が引っ張っているものの正体を確認する。
するとそれは……Tシャツの布であった。
「あ、あれ? あれれ??」
段々と、目が冴えていく。次は長細い枕に目を向けると、それは明らかに枕などではなく。私のことを何度も抱きしめてくれた、世界一大好きな人の腕。つまり────
(わ、わわわ私、和人と一緒に……寝ちゃったの!?)
「サ、キぃ……」
「ぴぃっ!?」
まるで抱き枕とでも私を認識しているのかのように、和人は強く、強く私を抱きしめる。
(こ、これダメ……変な気分に、なっちゃうよぉ……っ!!)
ただでさえ、普段から″そういうこと″をする時に、私は和人の匂いを嗅いでいたのだ。こんな……こんな急に過剰摂取させられてしまっては、身体が……っ!
「う、あぅ……嗅いじゃ、ダメ……。頭、クラクラして……んっ」
そして、匂いで思考が鈍り始めて私がそっと右手を、無意識に下の方へと伸ばそうとした瞬間。
「サキ……? おはよう……」
「へっ!? あっ、お、おはよう、和人っ!」
ゆっくりと目を開け、布団の中にいる私を覗き込んだ和人の声に気づいて。私はとっさに、その手を引っ込めた。
「くあぁ。腕痛ぇ……サキの頭、ずっと乗ってたのかぁ」
「わっ、ごめん和人!」
「いいぞ、別に。腕は痛いけど、なんでか身体がめちゃくちゃ癒されてる感じがある。サキが、いてくれたからかもな」
まだ寝ぼけているのだろうか。その目はうつらうつらとしていて、どこか可愛らしい。でも、そんな顔を見つめながら、私は不覚にもドキドキしてしまっていた。
私を抱きしめて癒されたと言ってくれたことが嬉しかったのか、それともこの状況に、私の身体が和人成分の摂りすぎで反応しているのか。
というか、私達は何故こうなったのだろう。昨日は確か、ホラゲ配信をしてから怖くなって、眠れなくなって……。そうだ、確か和人とアリハンをしたはず! なんだけど、おかしい。そこら辺から全く記憶がない。
「ね、ねぇ和人?」
「ん?」
「その……私たちって昨日、どこまで……?」
「どこまで、って?」
私たちは、同じベッドで寝たことなんて今まで一度もない。もしかしたら、私が寝落ちしたり、寝ぼけたりして和人を誘ったのだとしたら。
私の記憶がないうちに、エ、エッチなこととか……してるかも、しれない。
「あー、そういうことか。えっとな、とりあえず最後までシたぞ」
「う、嘘っ!?」
「うん、嘘。キスはしたけど、そのあとサキ寝ちまったから……」
「な、なんだもう……驚かさないでよ」
「あ、でもおっぱいは揉んだ。サキから触らせてきて、めちゃくちゃ……柔らかかった」
「っあぅうぉっ!?!?」
安堵したのも束の間。私は私自身が起こした誤ちをさらっと告白された。
「サキぃ、もう一回触ってもいいかぁ?」
「だ、ダメに決まってるでしょ!?」
「けっ、昨日はあんなに大胆だったのになぁ。サキが根はエッチな子だってことはもうバレてる。隠さなくてもいいんだぞぉ?」
「私、エッチな子なんかじゃないもんっっ!!!」
私を揶揄ってそうやって笑う和人から隠れるように、その場で丸くなって顔を隠す。
和人はそれを見て顔を見なくても分かるくらいニヤニヤしていて。悔しかったけど、どうしようもなかった。
だって、もし今顔を合わせてこれ以上会話してしまったら……私の心の全てが、丸裸にされてしまうような、そんな気がしたから。
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