第24話 ワンターンキル
恵奈が立ち直るのを確認した勝がリングを降りる。
その先に待っていたのは不満そうな顔で勝を睨みつける達美の姿があった。
「いきなりリングに入ったから何かアドバイスの一つでもするのかと思ったら何ですかあれは? 恵奈先輩はプレッシャーに弱いってこと忘れてませんか?」
「うるさいぞ龍ヶ崎。仮にも教師の俺が往来の場で助言なんて出来るわけないだろうが。お前は黙って見てろ」
「ふ、二人とも落ち着いてくださいまし! いつ恵奈先輩が動き出すか分からないではありませんかっ」
二人の問答に見ていられなかった静は達美を後ろから羽交い絞めにして押さえ込みその場を収める。
だが怒りが収まらない達美はツインテールを振り回して暴れ、拘束している静はその
「で、でも、本当に何のアドバイスも無しに勝てるんですの? 相手は上位クラスの殿方ですし、何よりも恵奈先輩のコアはゼロ。次に攻撃を受けてしまえば…………」
静が不安な声で状況の過酷さを伝えるものの、勝はそれを一笑に付してリング内を映すモニターを見据えた。
「一撃も決まることはない。このターンで終わりだからな」
* * * * *
「私のターンですっ」
【恵奈 コア0 手札3→4 マナ9→12】
「おいおいおい、さっきまで泣いてた奴が調子乗ってんじゃねえぞ! どうせ何もできないんだからさっさと俺にカードを渡しやがれっ!!」
怒った形相で恵奈を威圧する大句の口元が少しだけにやけていた。
こうすれば恵奈はまた脅えて勝負を諦めると味をしめていたからだ。
だが、大句が期待したのとは違う反応は恵奈から返ってきた。
「言ったはずですよ。私はもう脅えない。そしてこのカードも渡さない。これは、先生の大切なカードだから」
脅えるどころかようやく恵奈は敵である大句を強い眼力で真っ直ぐ見据えていた。
ホワイトクリアが入った封筒を大切に胸ポケットに入れ、自信を持ってカードを使っていく。
「まずは手札補充から。私はマジックカード『魔導の導き』を発動。カードを二枚ドローします。そして『黒魔術の獣魔カギュラ』を召還」
恵奈が宣言すると、恵奈の目の前の地面から淡い紫色に輝く魔法陣が現われる。
そしてそれが宙に浮かびあがると、そこに隠れていた黒いローブを羽織った獣が地に足を付け、その姿を現した。
【魔道の導き 青 コスト2 カードを二枚ドローする】
【黒魔術の従魔 カギュラ AP1000SP1 黒 デビル コスト2
このカードが場に存在する限り、自分が出すマジシャンのコストを一つ減らす】
初めての恵奈の召還に大句は目の色を変えるも恵奈の行動はまだ終わらない。
「更に私は二体のマジシャンキーカードを場に出します。来て『黒魔術の助手クイナ』、『黒魔術の権威アレイスター』!」
カギュラの召還時と同様に恵奈の目の前に紫色の魔法陣が現われ、二体の魔術師が姿を見せる。
一方は見目麗しい女性の魔術師。黒いローブを羽織り、腰まで届く艶のある黒髪を人房に束ね、色っぽくウィンクをして登場。
そしてもう一方は鷹の眼を思わせる鋭く尖った目をした陰険そうな男性の魔術師。こちらも同じく黒いローブを羽織り、魔術師を思わせる三角帽子と先の尖った革靴を履いて現われ、長い杖を携えている。
【黒魔法の助手 クイナ AP1200SP1 黒 マジシャン コスト3→2
《黒魔術》次に使う黒のマジックカードのコストを一つ減らす。
このカードが場に存在する限り、自分のマジックカードが相手のコアを減らす数が一つ増える】
【黒魔法の権威 アレイスター AP1500SP2 黒 マジシャン コスト4→3
《黒魔術》次に使う黒のマジックカードのコストを二つ下げる。
このカードが場に出た時、デッキからマジックカード一枚を手札に加える。
《ダイレクト》相手のコアがゼロの時、このカードは相手のキーカードを無視して直接プレイヤーを攻撃ができる】
「どちらもカギュラの効果により召還コストは一下がり合計コストは五。アレイスターの効果でマジックカードを一枚手札に加えます」
アレイスターが杖を振ると恵奈のデッキから新たにカードが加わりそれが手札となる。
一ターンでのマジシャンたちの相乗効果を用いた見事なプレイングだったが、大句はそれを鼻で笑った。
【恵奈 手札3→5→2 マナ12→4】
「今更そんな小細工をしたところで遅い。お前は今の行動で十二もあったマナを残り四にまで減らした。そんなマナで俺にどうやって勝つつもりだ?」
腹がねじれそうと言わんばかりに笑う大句。その姿に今度は恵奈が不敵な笑みを浮かべた。
「どうやら大句さんは知らないようね。魔術師たちの本当の力を」
「はっ? 何言ってやがる? 本当の力だぁ?」
頭にハテナを浮かべる大句に対し、恵奈はこれまで見せたことのない自信に満ち溢れた表情で言い切った。
「このターンであなたは黒魔術の真髄を知り、そして――敗北する!」
その言葉に大句の笑い声は止んだ。
今の今まで自分の目の前で脅えるしか能の無かった恵奈の勝利宣言に、驚きよりも早く怒りが追いついたからだ。
「舐めたこといってんじゃねえよこのコスプレクズ女! 俺がお前に負けることなんて一パーセントの確立もないんだよ」
「なら食らいなさい。魔術の本当の力を」
恵奈は腰に下げていた杖を振るう。
それに
すると、杖の先端部分が紫色に光り輝き、膨大な魔力が集まり始めた。
「
みるみる内に溜まって行く黒の魔力。その膨大な魔力がアレイスターとクイナの下から離れ、恵奈の持っている杖に集約し肥大化。
膨大な魔力は巨大な黒弾となり、大気を振るわせていく。
「これが私の切り札――その身に受けよ愚か者!
恵名の詠唱がリングに轟く。
その姿をもう笑うものはリング外にもいない。
杖を振るい、魔術師を束ね、詠唱を唱える一人の魔女確かにがそこにいからだ。
リングにいる大句も別人のように声を張り上げ詠唱を唱える恵奈の姿に引かず、なんとか意地だけで立つが、その姿を見ても恵奈の決意は揺るがず、魔法名を口にした。
「――『グリム・パニッシュメント』!!」
【グリム・パニッシュ 黒 コスト6→2
相手のコアを五つ消滅させる。相手はそのコアの中にあった加護を発動できない】
黒弾が恵奈の杖から凄まじい勢いで放たれた、その刹那―それは地面を抉り、空気をかき消し、空の色を黒く染め上げた。
「ぎ……ぎやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
大句が気付いた時には、既にそこは黒一色の球の中。
電流が走るような痛みが体を襲い、燃え盛る炎の中にいるような熱が皮膚を焦がし、恐竜さえも絶滅させるほどの絶対零度が体を固める。
この世のありとあらゆる激痛を大句は体感し、数秒で大句は黒弾から解放された。
だがVRとは言え、拷問のような時間を味わった大句の精神では立つ事すらできず、大句はその場に膝を着く。
そしてその痛みを証明するかのように大句のコアは五つ消滅していた。
【大句 コア10→5】
「この魔法の前に神に与えられし加護は意味を成さない。よって、あなたは無条件でコアを五つ失いました」
「はぁ……はぁ……女ぁ、お前、キャラ変ってないか……?」
膝を着き俯きがちな顔を上げて大句は言葉を吐く。
先程まで自分の衣装を恥ずかしがり、大句の声に脅えて無抵抗を決め込んでいた少女の姿はどこにもなく、そこには杖を自分に向け、ただ目的を為すためにカードを操る魔女の姿があった。
「だが……これで本当に終わりだ」
震える足を押さえてなんとか立ちながら、大句は不敵な笑みを湛える。
「お前の《黒魔術》のコスト軽減コンボは見事だった。だが、これでお前のマナは二つだけ。コスト軽減できるのは最初に撃った黒のマジックカードしか適用できない。よってコストの軽減も不可。これでようやく――」
「――終わりだ、とでも言いたいのですか?」
大句が言おうとした言葉を割って入った恵奈が冷たく言った。
「確かに今撃った魔法が私の切り札です。ですが、まだ私は黒魔術の真髄をお見せしていません」
「こ、これ以上何ができるって――!?」
大句が疑問を口にする前にそれは起こった。
恵奈がふわりと動かした杖にまた先程の黒弾が出来上がっていた。
【リ・バイス・マジック 黒 コスト5
このカードを発動する際、自分のキーカードを任意の数トラッシュに送ってもよい。
そうした場合、このカードの発動コストをトラッシュに送ったキーカードの数×2減らす。
このターン発動したマジックカード一枚をトラッシュから選ぶ。それを発動したコストのままもう一度発動する】
「私が発動したのは『リ・バイス・マジック』。このターン発動したマジックカードを、もう一度同じコストで発動できるマジックカードよ。発動コストは五だけど、このカードを発動するコストはクイナの効果で一つ下がり、さらにこのマジックカードの発動の際にキーカードをトラッシュに送った数だけコストは二つ下がる。私はクイナとカギュラをトラッシュへ」
恵奈の宣言と同時に地面を這い出た影のような手がクイナとカギュラの二体を掴む。
二体は抵抗を示すようにもがくが、そんな暇さえ与えらないと言わんばかりに影の手は似たいを奈落へと引きずり込んだ。
残ったアレイスターはそれに眉一つも動かさずに腕組みをして待機する。
「これで『リ・バイス・マジック』の発動コストはゼロ。そして私の残ったマナ全てを使いもう一度あなたに撃ち込む」
「や、やめろ……」
小さく大句は拒否の言葉を口にする
リングに上がった時の下卑た笑みは見る影すらなく、既にその表情は恐怖で支配されていた。
「ほ、ほら! まだ俺の場にはゴライアスが残ってるし、先にそっちを倒しても……」
「このカードはプレイヤーしか狙えない。たとえ狙えたとしても狙わない。私の標的はあなた一人」
大句の提案を足蹴にしながら恵奈は杖の先に集まった魔力を巨大に膨らましていく。
その中にあるのはこの世の全ての痛みを知る世界。
優しさも、暖かさも、安らぎも拒絶した地獄。
「う、う、うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その痛みから逃げるようにして大句は背を向けて一目散に走りだす。
勝が通ったVR空間を抜ける出口目掛けて飛び出した。
「出してくれっ! 出して出して出して出して出してっ!! もうあのマジックだけはいやなんだぁぁぁぁぁっ!!」
大句は何度も、何度も何度も何度も何度も、何度だって扉を叩く。だがどれだけ叩いても、どれだけ騒いでも扉が開く気配はない。
外から監督教師である勝が許可しない限りリングは開かないからだ。
どちらか一人が倒れるまでは。
ならばどうするか、大句は一瞬で最良の案を考え出した。
「そっちがその気なら、てめぇをぶん殴っ……てっ!?」
「――もう遅い」
後ろを振りかぶった大句の視界には何も映らなかった。
いや、正しくは恵奈が放っていた黒弾が既に目の前に迫っていたのだ。
「痛みを味わえ――『グリム・パニッシュ』!!」
リングにいる以上カード効果を避けることはできない。
そんなルールを忘れて大句が逃げ出すほどの痛みの黒弾がもう一度大句を襲った。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」
大句はまたもや黒い世界に飲み込まれ、あまりの激痛に一瞬であるカード効果を永遠に感じて絶叫する。
そして黒弾が収縮し消えて無くなると、今度は立っていることすらできず大句は前のめりに倒れた。
【大句 コア5→10】
遂にコアを同点まで追い付かれた焦燥感よりも、今の大句の頭の中にあるのは捻じ曲がった性根から来る怒りだった。
「ちく……しょう……殺して……やる……ぜ……たい……」
半ば意識を失いかけ、視界すら黒くなった世界で大句は恨み言のように呟く。
そんな大句の目の前に一本の足が見えた。
「て、めぇっ……みくだしてんじゃ……」
ボロボロの体をムチ打って大句は見える足に手をかけようとした。
だが、その手はシャワーの水のようにすり抜けて掴むことができなかった。
その現象に訳も分からず大句は必死に上を向くと、そこにはいるはずのない男がいた。
「あっ……あぁ……!?」
そこにいたのは、黒いローブの下に殺意を込めた目で大句を見下す男――恵奈が操る魔術師アレイスターの姿があった。
「な、何で……?」
「これがアレイスターの最後の能力だからです」
大句は震えながらも視線を更に上げ、声を主を必死に見た。
そしてそれがアレイスターの横に立ち、同じく大句を見下す恵奈であったことに気付く。
「アレイスターは相手のコアがゼロの時、相手のキーカードを無視して直接プレイヤーを攻撃できるんです。だからあなたのキーカードは動かない」
その言葉を確かめるように大句は自分を守るはずのゴライアスを見た。
だが、恵奈の言葉通りゴライアスは恵奈たちがここにいることすら気付いていないようにただ剣を構えて微動だにしなかった。
それと同時に大句は、自分の思い込みではなくリング全体の気配が変っていることに気付いた。
まるで空間自体の時が止まっているように黒く、暗く、冷たく、不快な空気を漂わせている。
そんな空間で鷹の眼の魔術師はゆっくりと杖を大句に向け、最後の攻撃をしようとしていた。
「これがアレイスターの
「あ、あ、あ…………」
言葉にもならない声が大句の口から漏れていく。だが、その絶叫に比例するようにアレイスターの杖の力も強くなる。
「ああああああ…………」
まるで本物の黒魔術が負の力で強くなるように。
「あああっ! あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
嘆き。怒り。屈辱。負の感情をみっともなくさらけ出し叫ぶ大句だが、魔女である恵奈に慈悲はなく、ただ淡々と、あくまで作業的に指示を出した。
「アレイスターの攻撃。《
それと同時に大句の心臓が弾けた。
アレイスターの杖から射出された魔力が黒い矢となり、大句に放たれたからだ。
【勝者 黒木恵奈。監督教師は賭け金の移動を開始してください】
アナウンスが無感情に勝者を告げると、リングはその機能を停止し外の景色を映し出した。
だが、勝者が決まっても観客は声を上げれなかった。
油断できない相手、格上の相手であったとしても容赦ない超攻撃力のマジックカードの連打と血も涙もないトドメを決めた恵奈に非難どころか賛辞すら口にできない。
その光景に味方であった達美や静までもが黙りこむ中で一人、勝はほくそ笑みこう思った。
血の気の多い遊学生でも本物の魔女に喧嘩を売るほど馬鹿ではないらしい、と。
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