第23話 恵奈・スタート
コアも全て破壊され、心まで折れそうになった恵奈。
そんな恵奈の前に現われたのは、Zクラス臨時教師であり、この試合の監督を務めていた勝だった。
「立て黒木、お前の力はそんなもんじゃないはずだ」
刺すような視線で恵奈を上から睨みつける勝に憔悴しきった恵奈は目も合わせることができずうな垂れた。
「……もう……いいんです……私、戦いたくありません」
搾り出すように言った恵奈は地面に大粒の涙を落とす。
「最初から無理だったんです……まともな勝利もしたことのない私が試験で勝つなんて……」
「それを決めるのはお前ではなく俺だ。勝手に降りることは許さない」
「……っ! 勝手なのはそっちでしょっ!!」
勝の横暴な物言いに遂に恵奈は悔しさよりも怒りが勝り、鋭い勝の眼力に怯むことなく睨み返した。
「いきなり現われたと思ったら、友達に嫌がらせさせて! 変なコスプレさせて! こんな酷いことがある!? 先生は最初から私が苦しむ姿を見たかっただけでしょっ? だから私の特訓でもカードバトルについて一つも教えてくれなかったんでしょ!?」
息も尽かさぬ勢いでまくし立てる恵奈の姿を見ても勝は一向に動じない。その態度が更に恵奈の怒りの沸点を超えさせる。
「私のことなんて……いや! 私たちZクラスの落ちこぼれなんてどうでもいいんでしょ! なら最初から期待させないでください! あのまま何もなく勝手に退学を待つ静かな生活でよかったんですよ…………なんでっ……なんで……ううぅ!」
言いたいことの全てを言い切った恵奈は精魂尽きたのかまたしてもうな垂れて咽び声を上げた。だが、恵奈は最後の言葉を寸での所でかみ殺した。
――何で、夢を見させることを言ったんですか?
そんな情けない言葉を恵奈は死んでも言いたくなかった。
それがせめてもの抵抗であり、プライドだったから。
だが勝は恵奈の心境を読みきったかのようにはっきりと答えた。
「お前が勝てると、確信しているからだ」
「っ……………………!!」
その言葉に恵奈は涙どころか呼吸すら止まった。
コアもなくあと一撃でも受ければ負けるこの絶望的状況で、勝は勝てると豪語した。
「その証拠として……黒木、モニターを見ろ」
言われるがままに勝の指示に従って、恵奈はリング中央上に設けられたモニターに視線を移す。
そのモニターの画面を見た恵奈は今度こそ心臓が止まるほどの衝撃を受けた。
【黒木恵奈 賭け金
そこに賭け金として映されていたカードは、間違いなく目の前にいる勝の切り札にしてこの世に二枚とない最高レアリティのSLRカードだった。
「なん、で? 何で先生のカードが私の賭け金として扱われているのですかっ!?」
動揺を隠せず冷や汗を流す恵奈に勝は至って普通に答えた。
「リングルールで賭けれるのはカードバトラーのポイントだけじゃない。自分の所持しているカードも相手の合意があれば賭けることができる」
「ですが、私はこんなレアカード持ってません!」
「お前、俺が渡した封筒の中身をもう一度しっかり見てみな」
勝がそう言うと恵奈はまさかと思いながら慌てて袋の中を確認する。
だが、普通に見ても中には恵奈のコスプレ写真が数枚入っているだけで特に変ったところは無さそうに見えた。
だが、もう一度注意深く見てみると、その封筒の口元にはもう一つ開け口があり、中には写真と似た固さの紙状の物があった。
それを恵奈はおそるおそる外に出すと、そこにはリングの照明でダイヤのように輝き、虹色のカード枠が存在を主張する。
そのカードは間違いなくSLRカードのみの特徴であり、カードの名前も間違ってなかった。
「そ、そんな……これって……先生の……っ!」
「あぁ、俺のカードだ」
「どうして……これが私の手に……」
「お前の対戦相手のオーク?だったか? あいつとは以前もそのカードを賭けて戦っていてな。その時の恨みとSLRカードの執念が残っていたみたいだったからそれを利用して戦ってもらった。だからお互いの合意の上での賭けってのも気にしなくていい――」
「そうじゃありませんっ!」
他人事のように平然と話す勝の言葉を恵奈は割って入る。
「何でそんな貴重なカードを私に賭けるのかって聞いてるんです! こんな……こんな弱い私に……っ!?」
またも恵奈は目に涙を溜め潤んだその瞳で勝を見つめた。
横暴で、大胆不敵で、何を考えているか分からないこの男の心理などぐしゃぐしゃになった恵奈の頭で理解できるはずもない。
「何度も同じことを言わせるな――」
懇願するように答えを求める恵奈に、勝は教師らしく生徒に教えを説くように言い放った。
「――お前なら勝てると、確信しているからだ」
「っ……………………!?」
その言葉で恵奈は蒙が開いたのか、少しだけ勝のことが分かった気がした。
――この人は私と違って……どこまでも正直な人なんだ。
自分が思ったことや信じたことにどこまでも真っ直ぐに貫く信念が勝にはある。
「……分かりました」
そして、そんな男が自分を信じてくれる。勝てると言ってくれる。
「もう怖がったり、泣いたりしません。だから、見ててください――」
その気持ちがもう一度恵奈の体を動かし、立ち上がって前を見据える。
「先生が信じてくれた、私の勝利を!!」
恵奈は決意を胸にカードをドローした。
その目にもう涙はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます