第25話 懐かしい才能

「それでは恵奈先輩の初勝利を祝って乾杯!」


「「「かんぱ~~い!」」」


 無事に試験で初勝利を飾った恵奈。


 それを見届けた達美はその場にいなかった新と信吾に伝え、恵奈の勝利を祝うべくZクラスで祝勝会を開催していた。


 いつもの食堂には信吾が筆で書いたで大きな『祝! 黒木先輩初勝利!』の文字と静が買ってきた色とりどりの花。


 机の上には新が調達してきた肉や野菜を達美が腕によりをかけた料理の山が立ち並ぶ。


 そんな待遇に勝利を勝ち取った恵奈は手で顔を覆い隠し、必死に涙を堪えていた。


「み、みんな……私なんかのためにありがとうっ」


 今にも泣き出しそうな弱々しい声で恵奈が感謝を伝えると、その場の全員が一様に笑った。


「何いってんすか先輩。勝ったんだから胸張ればいいんすよ」

 と、料理を片手に新が。


それがしも同じく。勝鬨かちどきは勝者にのみ与えられた特権」

 と、ごはんを盛りながら信吾が。


「そうですわ。今日の恵奈先輩、かっこよかったですわ」

 と、ティーカップを口に運びながら静が。


「私も負けていられません。恵奈先輩に負けないぐらいに勉強して、いつか勝先生をぎゃふんと言わせて見せますよ!」

 

と、新たな料理を運びながら達美が言い、四者四様の意見を並べ楽しそうに笑い合う。


 その暖かい空気に熱されながらも恵奈は涙を袖で拭いながら、鼻水混じりの声で向き合う。


「みんな……ありがとうっ! 本当に……グスッ……ありがどぉぉぉぉぉっ!!」


 言い切ると我慢していた涙が収まらず、感極まった恵奈は泣き出してしまう。


 それをあたふたとしながら静がなだめるのを新と信吾は微笑ましそうに見つめていた。


 そんな中でただ一人、達美だけが静かに恵奈の試合を思い返していた。


 (これが本当に、あの恵奈先輩なの?)


 恵奈が試合終盤で見せたZクラスとは思えないカードプレイング。あれはZクラスにいる生徒の力とは到底思えない。


 更にはそれを行う時に見せた無慈悲な表情。たとえコスプレのキャラ通りに魔女になりきっていたとしてもあれら全てが演技であったのだろうか。


 ――ならば、あれが恵奈先輩の本性で、勝先生はそれを知っていた?


 そんな推測だけが頭で巡り、達美は考えを止めるように包丁を動かすのであった。



* * * * *


 祝勝会が終わり皆が寝静まった夜、達美は一人ゴミ出しをするために寮の外へ出ていた。


 ゴミ捨て場にゴミを放り一息付くと、ふとカード置き場に光りが灯っているのが見えた。


 誘われるように中を覗きこむと、そこには初めてここであった時のように勝が一人でカードを漁っていた。


 雑魚カードしか支給されないZクラスで唯一ここに足を運ぶ勝のおかげか、今では見違えるほどに整理されている。


 今整理しているのは恐らく勝の手元にあるウォーリアータイプのカードだろう。その効果テキストを穴が開くほど確認してから勝はそれを丁寧にストレージに仕舞っていく。


「どうしたんだ? こんな夜中に」


 勝の手元ばかりに注意が行っていて達美は自分の存在が勝にばれているのに気付かなかった。


 恥じらいながら一つ咳払いをしてから達美は倉庫の中に入る。


「それはこっちの台詞ですよ。まだここに整理をしていたんですね」


「あぁ。どれも俺にとって名残りのあるカードばかりでいつの間にか楽しくなっていた」


 子供のように無垢な笑顔を向ける勝の表情に達美は少し頬が赤くなるが、その感情を押し殺すようにもう一度わざとらしい咳払いをした。


「で、でも今日の試合すごかったですね。まさか本当にワンターンキルを実現するなんて……」


 話題を変えるた達美の心情など露知らず、勝はその言葉に呆れるように息を吐いた。


「アイツのデッキがマジシャンタイプ主体のバーンデッキなのは一緒に暮らしているお前らなら知っているだろうが。ならば手札もマナもあって相手にはカウンターが無い。そんな状況なら誰でもあれくらい出来る」


「そう……かもしれないですけど。今まで万年補欠だった恵奈先輩にそんなことが出来るとは思わないじゃないですか」


 強気な物言いで食いかかる達美を面倒に感じたのか、勝はカードを漁る手を止めて達美の方に顔だけ向ける。


「あいつが筆記試験第一位なのは知っているな?」


「え? はい……」


「俺は今までの筆記試験の内容を一応確認したんだが、その中には国語・数学・英語の基本三科目以外にカードパズルの問題もあった」


カードパズル。カードバトル用の詰め将棋のようなもので決められた勝利方法や条件をクリアすることで問題の合否を出す問題のことだ。

 

 それを聞いた達美は何か分かったのか驚きであっと声を上げた。


「そうか……緊張しない筆記でプレイング自体に問題がないことを勝先生は知っていたんですねっ!」


「やっと理解したか。お前、何ヶ月クラスメイトやってるんだよ」


「だってっ! 実技試験が駄目だったからプレイングの方もアレなのかと…………」


「あいつのカード知識やプレイングに俺の教えることなんて端からなかった。だから俺はアイツのメンタル面だけを鍛えるための授業をしていたんだ」


 その言葉に達美は完全に納得した。


 勝は恵奈よりも恵奈のことを完全に理解し、それにあった授業を行っていた。ならば、


「じゃあ、恵奈先輩がコスプレで性格が一変するのも知っていたんですねっ!?」


 恵奈は気になっていたことを前のめりになりがなら聞くが、


「はぁ? あんな変態趣向知るわけないだろうが。あれは単に自分があの場に立つという意識を具現化するためにやったものであいつのそんな内面まで分かるか」


 結果、勝に馬鹿にされガクッと肩を落として達美は自分の買いかぶり過ぎかと疑う。


 そんな風に落胆する達美に興味が失せた勝は再びカードを漁りを始めながら話しを続けた。


「まぁでも、あれで上手くいったのもあるからな。しばらくは試験の時もあの格好でバトルするんじゃないか?」


「うぅ~~それでZクラスの評判が落ちたら先生の所為ですからね」


「もう落ちきってる評判だろうが。これ以上落ちることがあるのか?」


 恨み言にも屈さず嫌みを言う勝に頬を膨らませる達美だが、すぐに平静を取り戻すと声色に真剣さを帯びて勝に尋ねた。


「先生は勝てると分かっている試合だからSLRを賭けたと言っていましたが――本当の理由は何ですか?」


 その発言にまた勝の動きが止まる。


 だが振り返って達美を見る勝の表情は少し強張っており、それだけでも勝の動揺が見て取れた。


「…………どうしてそう思った?」


「先生と初めて会った日に先生は言いましたよね。『この世に不要なものはない』って。そんな言葉を信じ、私たちが見向きもしないカードに笑顔を振りまく先生が簡単に自分の切り札を賭けるようなことはしないと思ったんです」


 達美の一語一句に勝は真剣な眼差しを向けそして自分のデッキケースの中にある一枚、『ホワイト・クリア・ドラゴン』を手に取った。


「……裏闘技場では俺がこのカードで多くのカードバトラーを葬ってきた。だがその中には一人、どんなに傷ついても立ち上がるような馬鹿が一人いたんだ」


 勝の持つその滅びの龍でも滅ぼせかった強敵に思いふけて勝は柔らかい表情を作る。


「そいつとは大分長い付き合いになった。何度も戦い、俺が負ける日もあった」


「先生が負けるッ!? そんなことが……」


「カードバトルにもその日の運がある。そしてその運はプレイヤーの実力でどこまでも引き上がる。それだけの話しだ。決して俺がそいつより弱かったわけじゃない。決して」


 少しムキになって反論する勝に物珍しい目を向ける達美の視線に気付き、勝は話しを戻す。


「とにかく、そんな奴がいたんだ。だが……そいつが表の舞台に上がることはできなかった」


「ど、どうしてですか……?」


「裏で飼われているプレイヤーのほとんどは飼い主の金集めの道具だからだ。そんな奴が夢を見て外に出ることなど飼い主が許さない。結局そいつは俺以外の奴とのバトルで精神を壊し、表どころか裏の闘技場にすら出れなくなった。…………才能は誰よりもあったのにだっ……!」


 歯を食いしばり、カードを持つ手を震わす勝。

 小さな怒りが込み上っていくのが達美でも分かった。


「俺が嫌いなのは二つ。一つはカードや人の心を粗末にする行為だ。カードや人を使い捨ての物のように扱い、いらなくなれば捨てるあんな奴らと同等になりたくないからだ。そしてもう一つは――」


 勝は力ある眼差しで達美を捉えて言い放った。


「――才能のある奴が理不尽や逆境に耐え切れずに潰れることだ」


 そう達美に言った勝だったが、言われた達美から見れば勝の眼に自分が映っていないように思えた。


 物悲しさで自分がにぎり拳を作っているに気付いた達美は急いでその拳を背に隠して勝に聞いた。


「では……恵奈先輩には才能を感じたということですか?」


「そうだな。プレイングや知識は光るモノを感じるが、まだデッキ構築が不十分と言った所か。それさえ身に付ければ俺が教えることも微々たる物だろうな」


「…………分かりました」


 それだけ聞くと達美は唇を噛む口元を隠すように背を向けて倉庫を出ようとした、


「だが――」


 その背中に勝が何気なく言葉をかけた。


「お前にはここの奴らにはない才能がある」


「えっ?」


 達美は驚きのあまり口をあんぐりと開けて振り向く。


「そ、それって一体……」


「今夜はもう遅い。それはまた今度教えよう」


 背中越しに聞いたその言葉。


 それはただの言葉だったがそれだけで達美の心臓は飛び跳ねた。


 そんな心臓の音を聞かれないように達美は挨拶も無しに倉庫を飛び出し、急いで自室に戻った。


 その後ろ姿から見えた無邪気な表情に勝は懐かしさを覚えてもう一度切り札を見やる。


「また逢えたらもう一度バトルしたいな、相棒」

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