第19話 非道なやり方

 コスプレを見られた恵奈が動転してから数分後。


 恵奈は達美と静と共に試験前控え室で待機していた。


 ここで試験開始を待ち、教師に呼ばれると控え室を出たすぐの廊下から、試験を行うリングへと向かう。


「すいません……取り乱しました……」


 先程のキャラとは信じられないほどに落ち着き、いつも通りの恵奈の姿に達美は少し安心する。


「いや、大丈夫ですよ。ただ、信じられなかったというか……別人かと思ったというか……」


「そう思われるのも無理ありません。わたくしも唖然としましたから」


「あうぅぅぅ……」


 先程のキャラを思い出しながら言う静にまた恵奈は顔を赤らめる。


「でも、なんでいきなりコスプレなんてしてるんですか? それも先生の策なんですか?」


「まぁ、策というかなんというか……これを渡されまして……」


 そう言って恵奈が取り出したのは一枚の封筒だった。


 達美はそれを受け取り中を確認すると、中には恵奈がイタズラを行っている時の写真が数枚と一枚の手紙が入っており、達美はその手紙を読み上げる。


「え~となになに……この服を着て試験に挑め。さもなくば、この写真をお前の両親に送りつけ、素行不良で退学になったと伝えるですってぇぇぇッ」


 あまりの非道なやり方に対して達美の手に握られた手紙がぐしゃぐしゃになっていく。


 その怒りの形相に静と恵奈はお互いに身を寄せ合って体を震わす。


「あの不良教師ぃぃぃッ! ぶん殴ってやるッ!」


 八つ当たりをするように床を踏み鳴らして達美は部屋を飛び出す。


 静と恵奈もそれに続くように達美の後を追い、少し歩いた先で目的地に着いた。


 試験専用リング型情報読み取り装置、通称リング。


 カードバトラーが持つデッキケース型のデバイサーのリング型だ。


 正方形のボクシングリングのようなこの場所自体が聖域を生み出す効力を持ち、遊学独自のルールであるポイントの移動はここでしか行えない。


 そしてこのリングの使用許可を持っているのは、遊学の教師のみであり、当然ここにも担当する教師がいた。


「勝先生ッ!」


 リングの傍に仁王立ちする勝目掛けて達美はぶつかる勢いで突進していく。


 その姿を見やった勝はめんどくさそうに溜息を吐いた。


「なんだ龍ヶ崎。お前を呼んだ覚えはないが?」


「何ですか、恵奈先輩のあの手紙はッ!? あんなのただの脅しじゃないですかッ!」


「脅しだが、何か文句があるのか?」


「なッ!?」


 悪びれもせず認める勝に達美は信じられないと言ったばかりに口を開く。


「人として、いや教師としてやることじゃないッ! 恵奈先輩の性格は分かってるでしょう? なのに何で――!?」


「――分かっているからやらせたんだ」


 達美の言葉を遮って勝は話し始める。


「あいつの一番の弱点は弱気な所。それが私生活ならまだしもバトルにまで影響がでるのであればそれを荒療治で治すまでだ」


「そんなことしても意味なんかありません! 恵奈先輩がすべきことは、今日までに勝先生が教えてきたバトルをやるだけでしょう!」


「ん? 何を言っているんだ?」


 達美の言葉に勝は首を傾げる。


「俺はあいつに何も教えてないぞ」


 勝が何気なく言った言葉の意味が分からず、今度は達美が呆然する。


「はッ? え?  すいません、今なんて?」


「だから、俺はあいつにカードバトルのことなんて教えてないぞ?」


 そこで達美は言葉を失った。


 だが、それは呆れてではない。怒りで言葉を失ったからだ。


「…………先生を少しでも信じていた私がバカでした。先生はただむちゃくちゃなだけ。自分の考えをただ人に押し付けるだけの自己満足が好きなバカだったんですね!」


 大きい瞳に溢れそうになる怒りを纏わせて達美は勝を睨む。


 勝もその目を無言で真っ直ぐに睨み返す。


 その時間はものの数秒だったが、それでもお互いに引くことなく険悪な空気がその場に流れる。


 その空気を裂いたのは一つの着信音だった。


 後ろから鳴る甲高い着信音に達美が振り返ると、いつの間にか後ろにいた恵奈のデバイサーから音が鳴っていた。


「あ、あの……すいません……」


「……お前の番だ。さっさとリングに上がれ」


 恵奈の気遣いなど無視して勝は事務的に手元の端末を操り、リングの入り口を開ける。


 ゆっくりと口を開くリングに恵奈は緊張で体を強張らせるが、達美や静に背中を優しく押されようやく覚悟を決める。


 そして、リングに後一歩で入ろうとした時、勝が恵奈の肩を無理やり引き寄せた。


「この試合に勝てばお前の望みは叶う。何故、お前がここにいるのか、何故、ここにいたいのか、それだけは忘れるな」


 そう耳打ちすると、勝は突き飛ばすように恵奈の肩を押し、恵奈はリングの中に入った。その時だった――


「まじかよおい、あのクソ野郎の代打がこんな奴とはな」


 正面から下卑た笑い声が響き、それに釣られて恵奈が前を向く。


 そこには、すでに待機していた対戦相手の姿があった。


「よう、万年最下位の恵奈先輩よぉ~。お前の相手はこの俺、Rレアクラスの大句英だ」

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