第16話 遊学生徒たちの悲惨な日常
定期テストの翌日、朝のZクラス寮で、事件は起こった。
耳元で何度も鳴るアラーム音で達美は目が覚めた。
「うぅぅん…………」
寝ぼけ眼の達美は手探りで目覚まし時計を止めようとし――柔らかい物に触れた。
ある所はカサカサと、ある所はザラザラしているそれは、とても気持ちのいい感触とは言えない。
不快感を確かめるべく体を起こし、目を擦って達美が周りを見渡すと、
「……………………へ?」
辺り一面に生える大木、生い茂る草々。
それらから達美は、自分が森の中にいるのだと理解した。
そうすると、
「ぎいいいぃぃぃぃぃやあああぁぁぁぁぁッッッ!!」
寮中を達美の絶叫が轟いた。
* * * * * * * * * *
「誰よッ! 私の部屋の中にVRフィールドを展開したバカはッ!?」
阿修羅の如き形相で部屋を飛び出した達美。すると、達美の部屋以外からも様々な悲鳴が鳴り響いていた
「ぐぎゃあああああぁぁぁぁぁッ!!」
「な、なんじゃこりゃあああああぁぁぁぁぁッ!?」
「お、お嫁にいけませんわ…………」
「あんたが犯人ねッ!?」
達美はその人型を追い、裏口へと走る。
そこにはなんとか裏口に辿り着いた人型が、運悪くカギがかかっていたドアノブをがちゃがちゃと無意味に回す姿があった。
それを好機と見た達美はその影を後ろから首に手を回してヘッドロックを決めに行く。
「ぐうぅぅぅッ!?」
「私が虫を大嫌いなことを知っていてこんなことをするなんて、覚悟しなさいッ!!」
何度も床を叩き続ける人型に対し、容赦なく意識を断ち切らせようとする達美。
だんだんと動きも鈍くなる人型の姿に達美の口元も吊り上がっていく。
「もう抵抗できないわよ! これでとどめを――!」
「――刺すな」
ポカンッと、頭を叩かれた達美は急な来訪者に驚き、人影から離れた。
「ま、勝先生ッ!?」
相変わずのスーツ姿で現われた勝は達美や寮内に響く悲鳴を聞き、満足そうに首を縦に振る。
「その様子だと、どうやら俺の言い付けは守っているようだな」
「言いつけって……この騒ぎは先生が仕組んだものってことですか?」
「まぁ、そういう事になるが、実行したのはそいつだぞ」
答えを示すように首で勝が達美に
達美はおそるおそるそのフードを剥ぎ取ると、そこには――
「ふえぇぇぇ……ご、ごめんなさい……許してくださいぃぃぃ……」
* * * * * * * * * *
その後、達美以外の被害者たちも落ち着くと、一同は朝食を取るために一階にある食堂に移動していた。
達美を含む被害者一同は、勝と恵奈を取り囲むように座り、怒りを
「で、黒木先輩は何でこんなことしたんすか?」
最初に切り出したのは新だった。
何故か全身を汗だくにして肩で息をする彼に恵奈は脅えながら答えた。
「はい……先生の訓練の一環でして……」
「訓練?」
「私……昔から臆病で、だから、この一ヶ月間、寮のみんなにイタズラをし続ければ、少しは大胆になるんじゃないかって……」
「それで俺を筋トレグッズで拘束したと?」
小さく頷き肯定する恵奈を横目に達美は想像する。
ダンベルや腹筋台で拘束され、起き上がる度にゴムでベッドに戻される新の姿を。
「…………ぷッ」
「おい龍ヶ崎ッ! 笑ってんじゃねえよ! 良いよな、お前は! 対したことされなくてよ!」
「はぁッ!? 私なんて部屋をジャングルにされた挙句、大嫌いな虫のリアル人形と寝させられたのよ!」
「そんなの直接害ねぇじゃん!」
「心に大きなトラウマを抱えたわよ!」
「貴殿らはそれでいいですな…………
半ば挑発的な信吾に苛立ちを向けようと達美と新が信吾を見て――爆笑した。
「何故、某がこんな目に…………」
小さな涙の雫を零す信吾の頭には、ちょんまげのかつらが乗っていた。
話しを聞くと朝に違和感を覚えた信吾は鏡で自分の姿に驚愕し、なんとかそれを取ろうともがいたが、接着剤が強力だったためか未だに取れなかったらしい。
「いいですわね、殿方らしくて……ワタクシなんて、もうお嫁に行けませんわ」
そんな痛ましい姿の信吾を見てなお、悲しげに呟く静に達美は疑問を抱いた。
「これよりもひどいって、静ちゃんは何をされたのよ?」
「えッ!? そ、それは…………」
不自然に言葉を濁す静を達美はよく観察して考える。すると、達美は静の格好に違和感を感じた。
「そういえば、静ちゃん、そんなに厚着で熱くないの?」
ギクッという擬音が聞こえそうなほどに静は動揺する。
春先の現在、少しの肌寒さを覚える時はあるが、今の静は制服のブレザーの上にジャンパーを着込んだ少しやりすぎなくらいの格好だった。
「静ちゃん……その下に何着てるの?」
「た、達美さん……勘弁してください……」
「しないッ!」
飛びつくように静の服を力強く脱がす達美。
それになんとか抗おうとする静ではあったが、お嬢様のように非力な静では少しの抵抗もできず、順当に上着が脱がされ、その下の肌着が露になった。
「…………あれ?」
そうして見えた静の服装に達美は目を丸くする。
開いた胸、大胆に開いた背中、タートルネック。
一時、ネット界隈で『童貞を虜にするセーター』として売られたものだった。
「なんだ、どんな酷い格好かと思ったら、服着てるだけまだマシじゃない」
「うぅぅ……見ないでくださいぃぃぃ……」
あまりの恥ずかしさに静が手で顔を覆う姿に微笑む達美であったが、静のその姿を見た思春期男子たちは違っていた。
「「ゴクッ」」
絹のような肌を大きく晒されたその姿は、異性に対しての刺激が強く二人も例外なく
だが、その服の効果はそれだけではない。
新と信吾が穴が開くほど凝視していたのは、ひとえに服だけではなく、その間からはみ出そうになっている静の巨大な胸。
それは普段からでも男子たちを虜にする魅力がある。その良さをさらに服が増長するとしたら、それは男子に対して最強の切り札となる。
「……………………」
正常な男子学生である新と信吾の反応に、今度は達美もアクションを起こした。
「静ちゃん……私、いつも言ってるよね?」
「え? 達美……さん?」
虚ろな笑みを貼り付けた達美が静ににじり寄る。
優しい表情とは裏腹にその目にはメラメラと燃える何かがあった。そして、次の瞬間、その何かが弾けた。
「そのでかい乳を無駄にブルンブルンさせんなぁぁぁッ!!」
「ぎゃあああぁぁぁッ!? ワタクシは悪くないのにぃぃぃぃぃッ!!」
こうして、今日のZクラスの朝食は、静の断末魔によって幕を閉じた。
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