第15話 最弱の中の最弱

 勝や達美が見守っていることなど露知らず、恵奈はおろおろと自分の手札を何度も確認する。


 だが、初心者でもない恵奈のつたないプレイに対戦相手がキレた。


「おい、お前のターン長すぎるぞ! 早くしろッ!」


「ひっ! す……すいません……すいません……」


 ビクビクと体を震わし、今にも泣きそうな恵奈。一度はカードを出そうとするが、


「だから早くしろってッ!」


「ひっ! タ、ターン、エンド…………です…………」


 相手の威圧に押され、そのままターンを終了した。


 その様子に対戦相手が不敵な笑みを浮けべているとも知らずに。


【恵奈 手札6 マナ6 コア2 フィールド0】

 

 自分のターンが回った対戦相手は引きつるぐらいの笑みを浮かべ、がら空きになっている恵奈を直接滅多打ちにする。


 一応加護は出ていたが、そんな物はこの状況で焼け石に水でしかなく、恵奈はそのまま敗北した。


 もはや恒例といった感じか、恵奈のプレイを見かねて達美が手を顔に当てる。


「あ~~まただ。恵奈先輩の悪い癖」


「癖…………だと?」


 達美の言葉に勝は眉根をしかめる。


「はい。恵奈先輩ってドが付くほどの怖がりで、対戦相手を怖がるあまり早くターンを終わらせたりするんです」


 達美は深い溜息を吐き「本当にしょうがない人ですよ」と付け足すが、勝は直前の恵奈のターンで疑問を浮かべていた。


「だが、あいつは寸前で手札を確認していた。あの絶望的な状況で手札を見るなら、他に策があったんじゃないか?」


「さ、さぁ、私にはさっぱり…………呼んで聞いてみます?」


 達美の問いに勝は黙って頷き、達美は走り出した。


 勝たちとは反対方向に向かおうとする恵奈の姿を認めた達美は、説明もしていないのか、嫌々抵抗する恵奈を半ば強引に引き摺って戻ってきた。


「勝先生、こちらがさっき戦っていた黒木恵奈先輩。で、恵奈先輩、こちらが前に私が話していたZクラスの新しい臨時教師の王道勝先生ですよ」


 勝と恵奈の間で達美がお互いを紹介する中、勝は恵奈の姿を上から下まで舐めるように見る。


 勝の恵奈に対する第一印象は、地味だった。


 整っているはずの童顔の顔は、腰まで届く黒髪により片目まで隠されており、その下には芋くさい黒縁メガネ。よく見ればスタイルも良いものの、それをわざと隠すように無駄にだぼったい黒のセーターとロングスカート。


 全体的に暗い印象を持たせる恵奈は、今も勝の目を合わせることもできず、スカートを握って小鹿のように震えている。


 それでもなんとか挨拶しょうと声にもならない声を出す恵奈に対して、勝は吐き捨てるように言った。


「お前、弱いな」


 その一言で、完全に場の空気が凍りついた。


 あまりの開幕速攻に達美は文字通り開いた口が塞がらず、弱いとストレートに言われた恵奈は元より大きな瞳を更に開き、


「う、う、うぅぅ…………」


「わあああっ!? え、え、恵奈先輩、大丈夫ですから! だから泣かないでっ!?」


 涙ぐむ恵奈の背を撫でながら達美は憎むように勝に視線を向けるが、当の本人はその視線すらどこ吹く風と言わんばかりに勝手に話し始める。


「だが、たとえ劣勢でもお前にはコアも手札もあった。できることはあったはずなのに、最後のターン、何もせずターンエンドしたんだ?」


 真っ直ぐな目で突き刺すように問う勝。気の弱い恵奈は、その視線から逃れようと達美の背後に回り、隠れながら答えた。


「た、対戦相手の方が怖くて……怖くて……そしたら手札のカードの効果、分かんなくなっちゃって……それで……」


「ふぅん……弱気な性格に、効果が分からないほどの緊張…………」


 その答えを聞いて勝は手を顎に当てて深く考える。そして次の瞬間、


「それだけならば、なんとかなるかも知れん」


 その言葉に達美と恵奈は面食らう。


「そ、それは、恵奈先輩の問題を解決できるってことですか?」


「そう言っている。まぁ、こいつ次第だがな」


 試すような物言いで問われた恵奈は、動揺で体を震わす。


「……達美ちゃんから話しは聞いて、ます……とても、強いって……」


 でも、とスカートのシワをさらに増やして恵奈は続ける。


「それは、王道先生だから、です…………私はこんな性格ですし、泣き虫だし、不細工だし……」


 一つずつ零れるように言葉が漏れる。


「自分の良い所なんて、一つも知らない……っ! こんな私が強くなれる訳なんて……」


 そこまで静かに聞いていた達美も恵奈の気持ちは痛いほど理解できた。


 どんなに頑張っても強くなれない日々、その日々を繰り返すほどに自分自身が無くなっていくような恐怖。


 本当に自分なんかがカードバトラーになるのかと、自分自身を否定していた。


(そんな日々が嫌だから、私は大句に勝負を挑んだ)


 そんな気持ちや日々を思い出しながら達美も顔を俯かせようとした、その時、


「そんなこと言うな」


 達美は驚愕した。あの傍若無人の勝が恵奈の両肩に手を置き、真っ直ぐな目で言った。


 達美だけじゃない。勝に弱いと言われた恵奈も、目の前の勝が何を言っているのか分からず、驚きのあまり涙が止まった。


「たとえ他人ひとに弱いと言われても、お前が諦めたら本当に負けだ。だからそんなこと言うな。お前が諦めないかぎり、俺がお前を強くしてやる。だから――」


 そこまで言って勝は恵奈の肩に置いた手を下ろし、改めて手を差し伸べる。


「俺と来い。次の定期テスト、お前を勝たせてやる」


 その言葉に恵奈はまた泣き出しそうになる。


 だが、その涙は恵奈にとって嫌なものではなかった。


 真っ直ぐな目。自信のある、迷いの無い言葉。その一つ一つが勝が真剣だと伝わったからだ。


 隣に視線を動かせば、嬉しそうにはにかむ達美が、自分の背中を押すようにウィンクをするのが見えた。


 ――大丈夫。信じていい。そんな風に聞こえた。ならば、もう迷うことはない。


「はいっ……! よろしく、お願いします……っ!」


 恵奈は勝の手を取った。震えは止まっていた。

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