第12話 必要なのは、何?

* * * * * * * * * 


 数年前、カードバトル会場の決勝戦。


 達美の憧れは、ドラゴンと共にいた。


『グルルァァァァァァァァァァ!!』


「焼き尽くせ! 《滅・罪・弾メガ・クライム・フレア》!!」


 その日のバトルは達美の父が優勝し、

 素晴らしい戦いに誰もが感動した。


 達美にとっては、プロの世界の一線で戦う

 父の見慣れた光景。だが、今回は違った。


 戦いの終わったリング上、敗北したはずの対戦相手が父とにこやかに握手する姿が達美の記憶に残った。


 勝率を競い合うプロの世界で、対戦相手に悔しさや自分の不甲斐無さを悔いる訳でもなく、相手を尊敬し握手をする相手を不思議に思った。


 その気持ちを父に隠さず聞いてみると、


「それは、あの人も楽しかったからだよ」

「楽しかった? 負けちゃったのに?」

「負けても楽しい試合もあるんだよ」


 その言葉に達美は不信感を得た。


 プロの世界はいつでも真剣勝負。


 負ければ賞金も得れず、スポンサーも減っていく。


 幼い達美でも知るプロの世界とは、

 徹底的なまでの勝利主義のはずだからだ。

 

 言葉に意味が分からず、視線を下に向けた達美に父は見かねて言った。


「確かに、スポンサー企業がいる人やチームに所属している人もいる。どの人も真剣でお金も大事。負けていい試合なんてない」


 そこまでを真剣な表情で父は語ると、今度は子供のような笑みを浮かべた。


「でも、楽しんではいけない勝負なんてのはないんだ。観客も対戦相手も楽しませることのできる戦いをする。それが本当のカードバトラーなんだ」


 それを聞いた時、達美は決めた。


 プロのカードバトラーになって大勢の人々を笑顔にする。

 

たとえ、それが相手選手でも。


 それができれば、きっと、憧れにも近づけるから。


 * * * * * * * * * *


 【勝 手札5→6 マナ5】


「俺はマナを二つ支払って、マジックカード《クズ漁り》を発動。これで俺のトラッシュにある二枚のバニラカードを手札に戻し、召還する」


 勝がカード展開。それと同時にスクラップの隙間から這い出た黒猫と、スクラップを蹴飛ばして出た学ラン姿の猫が召還された。


【路地裏野良猫 AP1000 SP1 黒】

【不幸しか呼ばない猫 AP1000 SP1 緑】


「これで先生のマナは一つ。これ以上の展開は無理です。それに、たとえ多くの壁キーカードを出しても、私の完全体ドラグアギトの前では無力ですよ!」


「それはどうかな?」


 不穏な言葉に達美は勝の手札を警戒する。だが、次の瞬間――


「なッ!?」


 ――勝は手札を全て捨てた。


「マジックカード《切り札の対価》。これの発動にマナは必要ない。だが、デメリットとして、俺は残りの手札を全て捨て、このカードを発動したターン、デッキからカードを手札に加えることはできない。だが――」


 そう付け加えると、勝は手を天に伸ばして続ける。


「――それを対価に、俺はデッキから任意のカードを一枚手札に加えることができる」


「…………!? まさかッ!?」


 達美がその言葉を理解した時には、すでに遅かった。


「――『救世』発動」


 勝の場の三体のバニラカードたちはお互いの手を取り合い、空を割って現われた光の柱に身を捧げていた。


「弱者を守る、守護の化身。その美しき翼に希望を乗せ、明日に羽ばたく力となれ! 顕現せよ《ホワイト・クリア・ドラゴン!!」


光の柱が消えると、天空に白く輝く太陽が見えた。


 六枚の翼を雄雄しく広げ、宝石のような紅い瞳は、敵である達美を捕らえて離さない。


 正真正銘のSPRスーパーレジャンドレアカードであり、勝の最強の切り札、ホワイト・クリア・ドラゴン。


【ホワイト・クリア・ドラゴン 

 AP3000 SP5 白】


 敵でありながらもその神々こうごうしい姿に達美は圧倒され、無意識の内に体が震える。


「ま、まさか……ホワイト・クリア・ドラゴンをサーチするカードが存在したなんて……」


 なんとか言葉を搾り出した達美に、バカにしたように勝が言った。


「《切り札の対価》自体は、どこにでもあるコモンの汎用カードだが?」


「…………ッ! そ、そんなわけないでしょ! だって、そんなカード誰も使ってないじゃない!」


「誰も使ってないから弱いカードだと、お前は思うのか? あれだけ雑魚カードを肯定しておいて?」


「そ、それはッ!」


 勝の言い様に言葉を迷った達美。それを見逃すことなく勝が続ける。


「どんなカードにも良し悪しは確かに存在する。それは否定しない。だが、全てのカードも知らず、ただ人が使っているから強い、なんて考えでカードを使っているようなお前に、少なくとも雑魚カードを擁護ようごする資格はない」


 勝の言葉に達美は悔しそうに歯を噛みしめる。


 勝の言葉のどれを取ってもその通りだと思ってしまったから。


 口答えすらできず立ちすくむ達美。


 それを鼻で笑った勝は慈悲もなく指示を出した。


「ホワイトクリアの効果。こいつ以外の全てを消滅させる。

《クリア・エフェクト》」


 ホワイトクリアの白き輝きが増していき、それに触れた全ての物が塵となり消えていく。


 容赦のない破滅の光。その輝きに抗うようにドラグアギトも炎を放つが、その炎も周りの物と同様に消えていき、


『グルァァァァァァァァァァ!!』


「ドラグアギトッ!」


 相棒の断末魔に何かしようと達美は焦るが、破壊耐性しかないドラグアギトに為す術は無く、そのまばゆき光に目を瞑る。そして、


「ッ!……そんな……」


 次に達美が目を開けた先には、村やスクラップはおろか、自分を守るように立ち塞がっていた勇敢な龍の姿は塵一つ残さず消え去っていた。


 圧倒的なまでの破滅に達美が両膝を付き、勝が追い討ちをかけるようにあぐげつらう。


「お前のミスは切り札に頼り、他の策を考えなかったことだ。手札0のお前に一切の勝機はない」


「……まだ……まだ、私は負けて――!」


「ホワイトクリア――」


 達美が言い返す前に、すでに達美の頭上を降り立っていた白き龍がその口に破滅の光を溜め込んでいた。


「――《極滅のクリア・バースト》」


 技名を勝が冷たく言い放つと、それに応えてホワイトクリアはその消滅光線を放った。


「きゃああああああぁぁぁぁぁッッッ!!」


 ど近距離で無慈悲に放たれた光線はもろに達美に直撃。


 その光線の照射は数秒にも至らないかったが、達美には苦痛が何時間にも感じられた。


【達美 コア8→3】


「かッ…………はッ……」


「達美さんッ!」


 あまりの衝撃に達美が顔面から倒れると、それを見かねた静が勝に懇願こんがんする。


「もう勝負は付きましたわ! これ以上の戦いに意味はありません!」


「…………まだだ」


 静の想いを切り捨て、勝は勝負を続行した。


 ホワイトクリアの効果で、コアは消滅させられる為、加護は発動しない。


 勝のターン内で発動する効果はなく、そのまま達美のターンに代わった。


【達美 手札0→1 マナ0→6】


「ハァッ……ハァッ……」


 アナウンスの声に反応した達美がなんとか立ち上がる。


 だが、その目は虚ろで、夢を語っていた時のような輝きはなかった。


「私の……ターン……!」


 気合だけで宙に浮くカードを取り、キーカードを召還する。


【龍人の守人 ドライグ AP1500 SP1 赤】


「おい、もういいだろう! 退学なら俺がするからやめてくれ!」


「龍ヶ崎殿の精神が崩壊しかねない! これ以上は危険でござる!」


 その姿があまりにも痛々しくて見ていた静はもちろん他のクラスメイトたちも勝に非難の声を飛ばす。だが、


「それで終わりか?」


「「「ッ!!」」」


 信吾や新の声も同様に無視する勝に全員が理解した。


 こいつには何を言っても意味がないと。


「龍ヶ崎ッ! 早く降参しろ! 龍ヶ崎ッ!」


 勝への説得は無理と諦め、達美に勝負から降りるように新が叫ぶ。


「うぅ…………あぁ…………?」


 だが、達美も限界の体を意地だけで立たせているだけに他ならず、新の声も届かなかった。


「ちくしょうがッ!」


 我慢の限界が来た新が、実力行使で達美を救い出そうと走りだすが――それも遅い。


「《極滅のクリア・バースト》」

「ッ!?」


 遠くから走る新に攻撃指示を出す勝は止められない。


 ホワイトクリアは躊躇ためらい無くその大顎に消滅の光を溜め込み、そして――


「やめろおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


 その光は容赦なく達美の体を包みこんだ。

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