第6話 白の守護龍 ホワイト・クリア・ドラゴン

 暗雲全てを吹き飛ばし、拡がった青空の中心から一匹の白い龍が舞い降りた。


【ホワイト・クリア・ドラゴン AP3000 SP5 スーパーレジェンドレア】


「あれが…………先生の切り札、ホワイト・クリア・ドラゴン…………伝説級のSPRスーパーレジェンドレアカード。SP5のカードなんて見た事がないわ…………!」


「なんと美しいのでしょう…………。ホログラム映像なのにこの暖かい光、安心します~~」


 眩い輝きを放つ白い鱗、宝石のような紅い目を持つ六枚翼の龍が、主人である勝の下へ静かに舞い降りる。その一挙手一投足は見る者の心を奪いさり、佇まいからは高潔な魂が現われているようだ。


 そしてその姿に魅了されたのは達美や静だけでなく、相手の大句ですら感嘆の溜息を吐く。


「な、なんという神々しさ…………! こいつがあれば、俺はどんな敵にも負けしない!」


 早くも自分が勝った時の皮算用を始める大句の姿が醜く映ったのか、今までフィールドを静観していたホワイト・クリア・ドラゴンが大句に敵意を向けるように吼えた。


『グルアアアアアアアアアアアア!!』

『ガ…………グワァァァ…………』


 それに慄いたのか、大句のゴライアスは目に不安を覗かせ、二、三歩後ずさりをする。


「おい、何ビビッてやがるんだゴライアス! あいつを倒せば、あの龍は俺の物になるんだよ!」


「…………醜いな、お前。主人よりカードの方が利口そうだ」


「なんだとゴラァァァッ!」


 勝の安い挑発に大句は顔を真赤にして憤る。そして唾を飛ばしながら汚い言葉で勝を罵り出した。


「大体、何でお前みたいな小汚ねぇ三流教師がこんなレアカード持ってるんだよ! 意味分かんねぇ! こんなの宝の持ち腐れじゃねえか! 所詮しょせん、お前みたい臨時教師はすぐにこの島から出て行くんだから、せめて強者である俺にレアカードを渡せばいいんだよ!」


「少しは頭を使って喋れ。合理性の欠片もない」


「クールぶってんじゃねえよ弱者が! 俺は強者だ! この島ではカードバトルが強い奴のみが人権を与えられるんだよ! さっきの女も、その女にべったりくっ付いてるお嬢様ぶった奴も、それに肩入れするクソ教師も、全員俺に従っていればいいんだよっ!!」


 まだ言い足りないと言わんばかりに大句が口を開こうとした、その時、


『ピュフュルルルルルルルルルルルッ!!』


 突如、ホワイト・クリア・ドラゴンが天に向かって咆哮し、その高い声に地上までもが恐れるように震える。


「な、なんだよ、急に…………!?」


「どうやらお前はこいつの逆鱗に触れたみたいだな」


 背後のホワイト・クリア・ドラゴンを見ながら、勝は宥めるようにその鱗を撫でる。


「こいつはその召還方法『救世』が示す通りの救世主。AP1000以下のバニラカード三体の願いを聞き届けて初めて現われる。それゆえに弱き者たちを愚弄するような行為をこいつは絶対に許さない」


 一通り鳴き終えると、ホワイトクリアはまた天空に飛び立った。雲一つない蒼穹の空にその白い身を透き通らせて羽ばたくと、翼の輝きが更に増していく。


「ホワイト・クリア・ドラゴンの効果。このカードは何度でもフィールドを白く塗り潰し、邪悪なる者たちを殲滅する。やれ! 『クリア・エフェクト』!!」


 指示を受けたホワイトクリアの輝きは瞬く間にフィールド全体を照らし出した。


 回避不可能な消滅の光。


 それを一身に受けたゴライアスと俊敏の巨人二体は、苦しむ間もなく体を光の中に溶かしていき、光が収まった後には塵一つ残さず消えていた。


【殲滅の巨人ゴライアス、俊敏の巨人二体、消滅】


 無機質に伝えられたアナウンスにより大句は自分の現状を理解した。


 壁となるキーカードはなく、SP5という破格の破壊力を持ったホワイト・クリア・ドラゴンが天空で大句を睨んで離さない。


「だ…………だがっ! この攻撃を受けてもまだ俺のコアは削りきれない。次のターンで俺がそいつを破壊できるカードを引けば、コアの無いお前は無防備。まだ俺の優勢は崩れない!」


「いや、このターンでケリを付ける! 俺はマジックカード《闇市》を発動。手札を三枚をトラッシュに送り、デッキからスキルカード一枚を手札に加え、これを発動する!」


 勝がカードの発動を宣言すると、勝の頭上のホワイトクリアはその体を真っ白に染め上げていく。


 その直後、先程までホワイトクリアの光を浴びていた建物やスクラップが少しずつその形を塵に変えていく。


「な、何が起こっているんだ?」


「スキルカード『クリア・ノヴァ』。このカードはホワイト・クリア・ドラゴン専用のスキルカードにして、最強の一撃必殺のカード。その効果は――このターンホワイトクリアは、自身の能力によって消滅させたカード一枚に付き攻撃回数を得る」


「は…………? はあああァァァァァ!?」


 勝の出した『クリア・ノヴァ』の効果に大句が驚愕の声を上げるに対して、ピンときていない静が指で計算を始める。


「え~~と? このターン消滅したのが大句さんの場のキーカードだけですから……三枚のキーカード、つまり三回の攻撃ですか?」


「いや、元々ホワイトクリアも攻撃できるから、それに足した数、四回の攻撃よ」


「不正解だ」


 静と達美の会話に横入りしてきた勝に二人は驚く。


「ホワイトクリアの召還条件も効果の一つとして数えられる。つまり犠牲になった三体のキーカード分も含めると、合計攻撃回数は七回だ」


 無防備の相手にSP5という破格の一撃。更にそれが七回もあるという現実に達美の手を握る力が強くなる。


 ――これが、SPRの力なの?

 

 破滅の光を撒き散らしフィールドを蹂躙するように飛ぶホワイトクリア。それでも抗うように震える声音で大句は立ち向かう。


「だ……だが! 俺のコアにはまだ五個も加護が存在する! これなら俺にも逆転の芽が……」


 期待の眼差しの自分を守るコアを見る大句に、そんな儚い希望を打ち砕くように勝が告げる。


「ホワイト・クリア・ドラゴンは攻撃するコアを消滅させる。お前に万に一つの可能性も存在しない」

 

 勝が手を振り上げると、それに従うようにホワイトクリアは辺りを照らしていた光を自身の体内に溜め込み始めた。


「ホワイト・クリア・ドラゴンで大句に直接攻撃。《極滅のクリア・バースト》!!」


 溜め込んだ光のエネルギーがホワイトクリアの口に集中する。そしてその口が開かれた瞬間、大句の視界が白で埋め尽くされる。


 観戦していた達美たちからすれば、ホワイトクリアの巨大なブレスだったが、直撃した大句からすればそれはまさしく世界の終わったかのような一瞬の閃光。


 大句は試合終了のアナウンスを聞く間もなく体を塵と化した。



【試合終了。勝者、王道勝。敗者は賭け金を支払ってください。繰り返します。敗者は賭け金を支払ってください】



 フィールドが収束し、一行は元の港に戻った。


 だが、ホワイトクリアの連続攻撃をその身で受けた大句は気を失い、よだれをだらしなく垂らしながら大の字で倒れていた。


「ふん…………この程度で気を失うとは、情けない奴だな」


 その姿を上から見下ろしながら勝は呆れたように溜息を吐く。そして、大句のデッキケースを勝手に開くと、デッキの中から達美のカード――ドラグアギトを奪い取る。


「ほら、これがお前のカードだろ? 返すぞ」


「うわッ! ちょっと!」


 ドラグアギトのカードを投げ渡す勝に文句でも言おうかと口を開く達美だが、その口は行き場を無くしたように開閉を繰り返す。


 ――あんなバトル見せられたら、文句も何も言えないじゃない


 達美は取り戻したカードを見返すと、やっと言葉を見つけたのか、体をくねらせながら勝に向き直る。


「えぇっと…………その…………ありがとうございました、先生。私のカードを取り戻してくれて…………」


「そう思うなら、今度からカードを賭けるなんてバカな事はするなよ」


 それだけ言うと、勝は真っ直ぐに学園の方へと足を進めその場を後にする。


 その大きな背中を達美は見えなくなるまで眺めていた。


 ――この世に不要なモノなんてない、か


 自分でも諦めていた綺麗事を事も無げに言い切り、最後にはそれを見事貫いて勝利した勝。その姿に達美は尊敬と憧れを一瞬で感じた。


 ――私も信じよう。自分のカードを、そして自分自身を


 達美は返してもらったドラグアギトのカードに誓い、再びカードをデッキに戻した。いつ次の勝負が訪れてもいいように。

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