第5話 あたり前の事実

 

 地面から現われたのは、蹂躙の巨人を遥かに凌ぐ程に巨大で、二本の剣を背負った巨人。血のように赤い瞳に睨まれた達美や静は小さな声を上げ、目の前で対峙している勝でさえ位歩足を引いた。


【蹂躙の巨人ゴライアス AP3000 SP3 コスト8 赤】


「はははっ! どうした? さっきまでの威勢は? だが仕方がない。こいつこそ、強者である俺を象徴する最強のレアカード。事実、俺はこいつを出したバトルで負けた事がない!」


「ふっ、そんな筋肉ダルマの何がいいんだ? それとも、お前はそういう趣味なのか?」


「ほざけ、今すぐにこいつの恐ろしさを見せてやるよ、攻撃だゴライアス! 《エクスターミネイション・ブレイズ》!」


 振り上げた二つの剣をゴライアスは投げ飛ばし、くず鉄キッドを見るも無残に真っ二つにされる。


 その剣の余波はフィールド全体に巡り、プレイヤーである勝にもダメージを与える。


【王道勝 コア6→4】


「でも、これでゴライアスの攻撃は終わり。次のターンが来れば、先生のカードコンボでゴライアスを倒せるわ!」


「駄目っ! そいつの能力は…………!!」


 達美が声を張り上げるよりも早く、ゴライアスは行動を開始した。


 一度行動したはずのゴライアスは勝に向かって走りだし、その巨大な足で勝を踏み潰そうとする。


「っ…………ぐわああああ!?」


 ありえないゴライアスの攻撃に驚きはするものの、勝は咄嗟に横に飛びゴライアスの攻撃を回避する。しかし、その攻撃の衝撃を避ける事はできず、勝を守っていたコアの一つが砕け散った。


【王道勝 コア4→3】


「はははっ! 見たか、これがゴライアスの特殊効果。キーカードを破壊する度に相手のコアを一枚消滅させる効果は、まさに蹂躙の申し子に相応しい。そしてこいつにはまだ効果がある。それは――全てのキーカードに攻撃ができることだ!」


 地面の刺さった剣を抜き取ると、ゴライアスは二つの剣を天高く掲げ、眼下で逃げ惑うくず鉄ピエロと黒猫に向かって振り下ろす。この攻撃が通れば勝のコアは全て消え、次の一撃で勝負が付く。


「追撃だゴライアス! 《皆殺しの剣》!!」


 無情に振り下ろされた剣が二体の体を粉砕し、またもやその余波が勝の体を襲った。


【王道勝 コア3→0】


「先生っ!」


「嫌ッ…………こんなの……酷すぎます……!」


 達美が勝の安否を気にし、静が目を両手で覆う。それほどの威力が勝を襲った。


「ゴライアスの効果によるコア消滅では加護は発動しない。よって、お前たちの先生へのダメージも直で脳を襲うんだよ」


 達美と静に絶望を与えるように自慢げな顔で大句がそう解説する。


 更に言えば、これほどの攻撃を真近で受ければ、脳への負担は大きいものになるのは必至。試合はまだ続くとはいえ、誰もが勝の敗北を決め付けていた――その場に一つの声が響くまでは。


「――これで勝ったつもりか?」


 その男の声に大句は目を見開き、諦めていた達美と静はお互いの体を抱き合って喜ぶ。


 凄まじい攻撃を受けたにも関わらず、依然と変わらず勝は立ち、まっすぐ大句を見据えていた。


「確かに良いカードだ。相手のキーカード全てに攻撃でき、破壊する度にコアを破壊ではなく消滅させる。弱点といえば召還コストだけだが、それも回復できるんだろう?」


「…………俺は聖域侵略された文明都市の効果で巨人が破壊したカードの数だけドローする。よって三枚ドローだ」


【大句英 手札2→5】


「俺も聖域スクラップ・フィールドにより、三枚のカードをドローする」


【王道勝 手札3→6】


「くっ…………だが、分かっているなら話しは早い。この増えた手札で、お前はこのターンで終わるんだよ!」


 大句が手札を操作すると、地面から生贄に捧げられたはずの二体の俊敏の巨人が姿を現す。


「コストを4支払い、マジックカード《巨人の奇襲》を二枚発動! AP1000ダウンとSPを1にする事で、効果が無効化された巨人二体を場に呼び出す。こいつらの攻撃でお前は終わりだ!」


【巨人の奇襲 マジックカード コスト2】

【俊敏の巨人(弱体化)AP500 SP1】


二体の巨人が一斉に飛び上がると空中にて一回転、その勢いの付いた飛び蹴りが勝を襲う。


「「先生っ!」」


 今度こそ終わりを確信して達美と静が声を上げるが、プレイヤーである勝は涼し気にその攻撃を見ていた。


「俺は加護の効果を発動、『強制終了』!」


「な…………何っ!?」


 二体の巨人の足が勝を襲おうとする直前、勝の周りに散らばっていたキッドやピエロの残骸が破壊されてもなお勝を守るように立ち塞がり、二体の巨人を退ける事に成功した。


「消滅なら加護の効果は発動しない。だが、お前のその消滅効果が発動するのは攻撃の後だ。通常の攻撃で出た加護の効果までは消せない」


 勝のしぶとさに大句は舌打ちを吐き、投げやりにターンを終了した。


「…………ありがとうキッド、それにピエロも。お前達の犠牲は無駄にしない」


 トラッシュに送られたカードたちに礼を言う勝の姿に、大句は歯を鳴らして苛立つ。


「何がありがとうだ! そんな雑魚に礼を言う暇があるなら、少しは真面目に勝てる努力をしたらどうなんだ! あぁん!」


 大句が言った言葉に勝は眉を動かす。


「…………俺のデッキに雑魚なんていない」


「いるだろうが! だいたい何だよ、そのバニラデッキは? 雑魚の象徴であるバニラカードばっかり使いやがって。そんな低レアカードで俺のレジェンドレアカード、ゴライアスに勝てる訳ないだろうが!」


「……………………」


 大句の言葉に勝が黙りこんだのを見て、達美も表情に影を落とした。

 

 ――私も先生と同じ。レアカードなんてドラグアギトしかない


 レアカードなんて無くても勝てるのを証明したい。

 

 その一心で達美は大句に勝負を挑み、そして負けた。


 その結果、大切なカードであるドラグアギトすら奪われて、自分には何もできない事を証明してしまった。


 大句が何度も何度も雑魚カードと言う度に心が痛かった。それは心のどこかで気付いていたから。


 レアリティの低いカードでどれだけコンボを探しても、それを超える強さを持つカードには勝てないと。

 

 ――だから私は期待した。バニラカードを使いこなす、先生を


 そんなことない。カードの強さにレアリティなんて関係ないって言ってほしかった。そんな願いを込めながら達美は勝の言葉を待った。


「…………そうだな、その通りだ」


 だが待っていたのは、達美の期待を裏切ったあたり前の事実だった。


「どんな弱いカードでコンボを生み出しても、それらを凌駕する程に強いカードで粉砕される。そんなのはよくある事で仕方ないことだ」


 ――そう…………先生もそう思うのね


 達美の視界はぼやけ、目頭が熱くなっていく。隣にいる静はかける言葉が見つからず目を伏せた。


「だがな――そんな常識なんてクソ食らえだ」


「……………………っ!!」


 勝の思わぬ言葉に達美は涙を浮かべたまま顔をあげ、勝を見つめた。


 コアも無く体もボロボロで、そこに立っているのでさえ満身創痍の勝。


 そのはずなのに、達美の瞳に映る勝の姿はとても大きく、強く、勝の瞳には潰えぬ自信と溢れる情熱が見えた気がした。


「低レアリティが弱いだなんて誰が決め付けた? 強いカードに弱いカードが勝てないなんて何故分かる? そんなのは負けた時の言い訳だ。俺は、俺の信じるカードが雑魚だなんて一度たりとも思っちゃいない。だから、お前が俺のカードを否定するなら、俺もお前を否定してやる――」


 勝は強き想いを乗せるように手を前に突き出しカードをドローする。


「――この世に、不要なモノなんて存在しないってことをな! 俺のターンっ!」


【王道勝手札6→7】


「俺はマジックカード《RE:ユース》を発動。この効果で前のターンに破壊されたAP1000以下のバニラカード全てを場に呼び戻す」


 マジックカードの魔力により、スクラップと化していたくず鉄キッドとくず鉄ピエロは再び形を取り戻し、黒猫も何事もなかったかのようにスクラップの間から這い出てきた。だが、全てのキーカードの顔色は悪く、息も荒い。


「この効果で出たキーカードはこのターン攻撃できず、ターン終了時にトラッシュに戻る」


 カード効果を聞いた大句は鼻で笑うようにして勝を煽る。


「やっぱり雑魚は雑魚。攻撃できないだけでなく、場にも留まらないとはな!」


「俺がそんな無駄な事をすると思うか?」


 その問いに大句が答える前に、フィールドに異変が起きた。


 常に曇り空だったフィールドに一筋の光りが差し込んだのだ。


「な、何が起こってる?」


「見せてやるよ、お前が雑魚と罵ったカード達の使い道を――俺は三体のバニラカードをトラッシュに送り、『救世』を発動する!」


 勝の三体のキーカードはお互いに頷きあうと、互いの手を取り、天に向かって手を振り上げる。すると、三体の体に向かって天から光の柱が降り注ぎ、三体の体がその柱に吸収される。


「弱者を守る、守護の化身。その美しき翼に希望を乗せ、明日に羽ばたく力となれ! 顕現せよっ! 《ホワイト・クリア・ドラゴン》!!」


 光の柱が消えると、暗雲が立ち込めていた空が光り輝く。雲が切り開かれ、空には白く輝く太陽のような龍が天空を舞っていた。

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