第3話 試合開始! 巨人VSバニラ

 メガフロート遊源。


 レジェンズカードバトルの為だけに作られた人工島。


 東京湾南端に存在するこの島にある建造物はほぼ全てがレジェンズに関連しており、人々はこの島を『カードアイランド』と呼んでいる。


 そしてその島を象徴するのが、国立遊源カードバトル専門学園だ。


 生徒数約一万を超えるこのマンモス校は『受かれば絶対に夢が叶う』という謳いうたい文句があり、それを証明するようにこの学園から輩出した卒業生のほぼ全てがカード業界では名を知らないほどの有名人となっている。

 


 そして現在、遊源島の港にて。


「――今、お前は何をしようとしていたと聞いている」


「うっせぇな、離せよ」


 大句が何度も勝の腕をはがそうともがくが、その華奢な肉体からは想像も付かない握力で英を腕を掴んで放さない。


「とりあえず、そのデッキはそこの女に返してやれ」

「いちいち命令してんじゃ…………痛てててててっ!」


 言う事を聞きそうにないと判断した勝は掴んでいた大句の腕を更に握り締める。それにたまらず大句は掴んでいたデッキケースを落としたが、勝は瞬時にそのデッキケースを取り、傷一つ付ける事なく取り返した。


「ほらよ。自分のデッキは大事にしな」


「あ…………ありがとうございます……先生」


 勝がぶっきらぼうにデッキケースを達美に渡すと、達美はそのデッキケースを大事そうに胸に抱きしめた。


 その様子を隣で見ていた静が勝の下へと駆け寄り頭を下げた。


「お願いします先生。ワタクシたち、あの殿方にカードを奪われたんですっ!」


「…………何だと?」


 静の言葉に勝の眼が鋭く大句を貫く。


「それは本当か?」


「あぁ? それがどうした? 強いカードは強い奴が持っている方が良いに決まってるだろ? ようはこれはカードへの慈善事業だよ」


「それを決めるのはお前じゃない。カードたちだ」


 怒気の籠もった勝の言葉にまたしても大句は体を震わして脂汗が滲む。

 

「お前、俺と賭けバトルをしろ。俺が勝ったら、お前が奪ったカードを返せ」


 突然のカードバトルの挑戦。それも臨時とは言え学園の教師を相手にする程、大句はうぬぼれていなかった。


「嫌だね。誰がそんな勝負を――」


「お前が勝てば、俺が持っているSPRスーパーレジェンドレアカードをやる」


「っ…………!?」


 勝の提案に大句は絶句した。

 

 SLRスーパーレジェンドレア。レジェンドレアが世界で数十万種類あるのに対し、スーパーレジェンドレアはたったの百種類しか存在しない文字通り伝説のカード。

 

 それを庶民では絶対に手に入らず、確認されている物でも所有者はレジェンズの生みの親である天城グループ会長とプロカードバトラーの一位と二位しかいない。


「はっ、ハッタリを言うな! そんな伝説級のレアカード。お前が持っている訳が…………」


「これが俺のSLRスーパーレジェンドレアカード、ホワイト・クリア・ドラゴンだ」


「……………………!?」


 またしても大句は勝の手に握られたカードを見て絶句した。


 独特の光り方。虹色のカード枠。その全ての特徴がSPRを象徴する物だった。


 それを見た大句は震えあがり、その口から言葉にもならない声を上げて驚愕する。


「どうする? 強い奴が強いカードを持っていた方がいいんだろう? お前が勝てばこのカードはお前の物だ」


「ふへ…………ふへへへっへへ…………」


 大句が汚い笑い声を上げたかと思うと、今度は港を震わす程の大声で笑いだし、自分の腰からデッキケースを抜き出した。


「その通りだ! 俺は負けない! 絶対にそのカードを俺の物にしてやるよ、バトルフィールド展開っ!!」


 野球のように振りかぶり、前方に向かってデッキケースを投げる大句。すると、デッキケースは空中で止まり、ケースの側面から光りを放ちだした。


その光りは大句たち四人を飲み込み、ドーム状に囲った。


そして、光りが輝きを放ち終えると、四人は退廃した街中にいた。


「これが俺の聖域【侵略された文明都市】だ! さぁお前も聖域をセットしな!」


「…………バトルフィールド展開、聖域【スクラップフィールド】」


 勝がデッキケースを投げると、大句と同じようにケースの側面から光りを放ち、その光りが大句のフィールドを塗り替えるように周りの景色を変えていく。


 使われなくなった家電から古びた車が並び、忘れられたように置かれたスクラップが勝を包み込んだ。


「はっ、大口を叩く割には文字通り寂れた聖域だな! そんなので俺に勝てんのか?」


「カード効果も分からないのに弱いと決め付けるとは、さてはお前、馬鹿だろ?」


【聖域のセット確認。掛け金セット確認。カードバトル開始】


 二人の腕時計型のデバイサーからアナウンス響きわたりバトル開始を告げる。


 軽口を叩き合う二人のプレイヤー。それを遠くで観戦する達美と静が互いの手を握り合い、勝の勝利を祈っていた。


「先行は俺だ、ドロー!」


 大句が空を掴むとそこには一枚のカードが握られていた。そのカードを目の前に放り出すと、カードは宙に浮きその隣に手札となる五枚のカードが出現した。


【大句 手札5→6 マナ0→6】


 大句は手札を一通り確認するとニヤリと笑い、一枚のカードを掴んだ。


「まずは様子見だ。俺はキーカード《俊敏の巨人》を二体召還する」


 大句が手札を二枚選択すると、大句の目の前から地面を割って二体のマフラーを付けた巨人が現われた。



【俊敏の巨人 AP1500 SP2 赤 コスト2】



「《俊敏の巨人》の効果を発動。お前のコアを二枚はがさせてもらうぜ!」


 大句が宣言すると、二体の巨人はクラウチングスタートの姿勢を取り、同時に勝がいるごみ置き場に突入。だが、それを止めるように突如現われた二つの盾が勝を守り、二体の巨人は元いた場所へと押し返された。


【王道勝コア数10→8】


 勝の腕に付いたデバイサーのアナウンスがフィールドに響き、大句は得意げに笑った。


「どうだ! 先行はプレイヤーへの攻撃は不可能。だが、俺の《俊敏の巨人》の効果ダメージなら、先行でもお前のコアを潰す事だ出来る。残りコアは八枚。それを全てキーカードの攻撃で潰して、お前に直接攻撃すれば、俺の勝ちよ!」


「解説お疲れさん。だが、一つ、忘れている事があるぞ」


 勝の言葉に首を傾げる大句。だが、その答えは勝が答えるまでもなく大句の目の前に現われた。


「こ、これは…………!?」


 大句が先程壊したコアの破片。その一つが光り輝き、勝の周囲を覆い始めたのだ。


「コアはただのプレイヤー体力じゃない。コアの中には破壊される事を条件に発動する『加護』がある。そして俺はその一つ《チャンス》の効果『カードを一枚ドローする』を使用する」


【王道勝手札5→6】


 勝が宣言すると、コアの破片は一枚のカードに変化し勝の手札に加わった。

 これで勝の手札は相手のターンにも関わらず六枚となった。


「本当に俺を倒す気があるなら、加護の効果ぐらい警戒しろ」


「ちっ…………! ターンエンドだ」


 苦虫を潰したような顔でターンを終了する大句。その光景に、遠くで見ていた達美と静は歓喜していた。


「これは…………いけるのではないのですか!」


「うん。確かに先行で攻撃を仕掛けた大句も中々だけど、それが先生にカードをドローさせる事になってしまった。カードバトルにおいて手札枚数は戦力の枚数。その数だけ戦略が拡がるといっても過言じゃない」


「現在、大句さんの手札は四枚。大して先生の手札は六枚。更にこのターンのドローで手札は七枚になり、その枚数差は三枚! ここまでの差が序盤であれば、ここから一気に大句さんのコアを詰める事も可能ですわ!」


「一般生徒ならともかく、その多い手札を持っているのは教師である勝先生。ここから繰り出されるカード達は私達が予想もしないカードに違いないわ。よく見ておかないと…………」


 対戦相手も観客も息を呑んで見守る勝のターンが始まった。


【王道勝 手札6→7 マナ0→6】


「俺のターン、ドロー。そして俺は《くず鉄キッド》と《不幸しか呼ばない黒猫》召還」


 少しの躊躇いもなくカードを繰り出した勝の前に、スクラップから這い出た一つのガラクタ姿の少年と一匹の黒猫が現われた。


 少年は場に出るとすぐに体育座りでどこか遠くを見つめ、黒猫はダンボールを適当に引き摺り出すとその中に隠れてか細く鳴き始めた。

       

《くず鉄キッド AP1000 SP1 効果なし 緑 コスト1》


《不幸しか呼ばない黒猫 AP1000 SP1 効果なし 緑 コスト1》 


「「「…………は?」」」


 召還されたキーカードを見て一同は言葉を失った。


 確かにそれらのカードは達美達の想像を超えたカード達だった。仮にもSPRカードを持ち、学園の教師にも選ばれる程の実力を持つ男。それが召還するカードが――


だと…………!?」


 一同を代表するように大句が叫んだ。


 バニラカードとは、カードゲームにおける効果のないカードの事を意味する。

 

 その為にカード単体では攻撃以外の事が何も出来ず、サポートカードであるマジックカードなどを使わなければ役に立たないと言われている。


「な、なんでそんな雑魚カード使ってるんだよっ!?  てめぇ、俺を舐めてんのかっ!?」


 鼻息を荒くして憤る大句の姿に今回ばかりは何も言えない達美と静で、その姿を交互に見渡した勝が溜息を吐いた。


「どうやらお前らはカードのレアリティや効果しか見えないようだな。それは賭けバトルも流行るようになるものだな」


「逆にお前はレアリティや効果を見ろよ! 何だよその雑魚は! APもSPも俺のカードに一つも勝ってないじゃないか!」


 大句の言葉に勝のキーカード達がショックを受けたように顔を引きつらせ、一人と一匹は涙目になる。


「この世に不要な物など存在しない。こいつらも俺が見つけ出した最高のカードだ」


 勝の揺ぎ無い言葉に、キッドと黒猫は晴れやかな顔になり、キッドはペンチを、黒猫はダンボールを持って臨戦体勢を取る。


「それを今から見せてやる。マジックカード《類友!》。デッキからこいつらと同じステータスを持つカードを場に出す。来い《くず鉄ピエロ》」


【類友! マジック コスト2】

【くず鉄ピエロ AP1000 SP1 効果なし コスト1】


 新たなカードの発動により、スクラップの山を掻き分けて出てきたのは、足が一本しかない涙目のピエロだ。玉乗りようの玉を松葉杖代わりにして歩く姿はとても痛々しいように感じ、それを見た静が「彼の治療費はいくらかしら?」とぼやいたのを達美が横でツッコんだ。


「これで俺はターン終了。お前のターンだ」

「舐めた事してくれやがって…………俺のターン!」


【大句英 手札4→5 マナ2→6】


 フィールド上空に出るモニターで大句の手札とマナを回復した静が首を傾げた。


「あれ? マナというのはマイターン回復するものではないのですか?」

「忘れたの静? マナの回復量は自分の場にあるカードの枚数だけ減るのよ。大句の場には二体の俊敏の巨人がいるから、大句が回復するのは四になるのよ」


 大句が空からカードを引きそれを確認。そして、その瞬間、先程まで顔を怒りに染めていた大句の表情はにこやかになった。


「はははっ、おいエセ教師。俺が本当のカードって物を教えてやるよ。本当のカード…………それはすなわち、強いカードの事だ!」


 大句が一枚のカードを高らかに掲げると、そのカードは天空へと飛び立つ。


「『生贄2』! 俺は二体の《俊敏の巨人》を生贄に捧げる!」


 割れた雲の隙間から二つの光りの筋が二体の巨人に降り注ぐ。その光りを受けた巨人二体の体は光りの粒子となって天に舞い、厚い雲を掻き分けて一匹の龍が姿を現した。


「あ、あれは…………」


 その姿に達美が声を上げた。

 青く輝く鱗、翡翠色の瞳を持ち、どこまでも神々しく美しい龍が新たな主人である大句を仕えるように後ろに降り立った。


「見ろ! これが俺の新しい切り激昂の竜神 ドラグアギトだ!」


        

【激昂の竜神 ドラグアギト AP3000 SP3 生贄2 レジェンドレア】

 


「ドラグアギト…………」

 

 自分の相棒が人に使われる姿を見て、達美はまた悔しそうに歯を食いしばった。その姿に大句は酔いしれたように勝ち誇る。

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