第2話 LEGENDS・OF・STOLIA
始まりはただのデータテストだった。
電脳空間にある情報をいかに効率的に抜き出せるかという軍事実験。だが、その実験が新しい世界への扉を開ける事になるとは、この時の研究者たちは思いもしなかった。
現代社会の軍事企業の実験の末、自分たちの世界とは違う電脳空間にある別世界を発見し独自で開発したシステムでその世界をカードにする事に成功した。
その世界には他の異世界から伝わる伝説や神話、様々な文明や社会や種族がデータとして息づいている世界。
ギリシャ神話や仏教。人間から吸血鬼。アステカ文明から現代社会まで全てが混在している。
その世界の全貌は未だに未知の部分が多く存在し、研究は未だに続いている。
だが、軍人たちが目を付けたのはその広大な世界の謎よりも、そのモンスターや人々が描かれたカードだった。
それはただのカードではなく、カード化されたモンスターは、
カードは銃器に変わる新しい兵器へと変わり、世界の軍事産業を一新した。
人を派遣せず、強靭な体を持った化け物から魔法や超能力を使う人々の戦いは、無人の戦争を行うことができた。
世界の戦争事情は誰も想像しなかった方向へと舵をきり、人間同士の争いはほぼ全て、カードでの戦闘によるものへと移り変わっていった。
だが、時代の変化は更なる進化をカード達へともたらす事になるとは夢にも思わなかった。
* * * * *
「そうして世界の常識が一新してから二十年。長い年月をかけて普及してきたカードを『天城トイグループ』が
一人のガタイのよい少年が目の前のカードに目を配りながら、独り言のようにレジェンズの歴史を語っていく。
「その人気は留まる事を知らず、数年足らずでEスポーツとして認定。今ではこのカードゲームを学ぶ為だけの学園を国が設立する程だ。この遊学みたいな学園がな」
「…………何が言いたいのよ。あんたは」
少年の前に立つ少女のカードを持つ手が震え、少年は口端を上げた。
「つまり――強い奴を生み出す学園に、弱い奴はいらねぇんだよ!」
『ガアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!』
その場の空気を震わす雄叫びが少女の目の前から上がった。
二人の少年少女がいる場所は廃棄された街と自然豊かな村が二分されたような異様な場所。その中心地に二人と二体のモンスターが互いに相対していた。
廃墟地にいるのは、ガタイの良い体付きと下卑た笑顔でカードを操る少年。後ろにいる自身の背丈の何十倍もの体を持ち双剣を携えた巨人を操っていた。
自然豊かな村にいるのは、少年に立ちはだかるように立つ金髪をツインテールにした少女。その少女の頭上を舞うのは蒼い鱗を反射させ、空中から少女を見守るように飛ぶ古龍。
「なら、弱いかどうか確かめてみなさいっ」
少年の気味の悪い笑顔にも屈する事なく少女は立ち向かい、チャンスを今か今かと待っていた。
「俺のターンだ! ドローッ!」
少年が何もないはずの空中から一枚のカードを引き、それと同時に巨人が剣を掲げて走り出した。
「俺は《殲滅の巨人ゴライアス》で攻撃。《エクスターミネーション・ブレイズ》!!」
攻撃名を叫ぶと、それに呼応するように巨人――ゴライアスの刃は熱を帯びて赤くなり、障害となる廃墟を切り刻みながら蒼い龍へと向かう。
「それを待ってたわッ! カウンターカード発動、《竜神演武陣》! この効果であんたのゴライアスの
廃墟と化した街を駆け抜ける巨人に向かって竜の特徴を持つ人型モンスターが巨人を囲いだし、巨人に狙いを定める。
その光景を見た少女は安堵の息を吐き、改めて空中に浮かぶモニターを確認し、目を疑った。
【殲滅の巨人 ゴライアス AP3000 SP3】
VS
【激昂の竜人 ドラグアギトAP2500 SP2】
「なっ、何でAPもSPも下がってないの!?」
少女の動揺する暇さえ与えないように、巨人は竜人たちの陣形を力で捻じ伏せ、頭上高くにいる蒼い龍に飛びかかった。
『ファァァアアアアアアアッ!!』
「ドラグアギトッ!!」
自身の相棒の悲鳴を聞き、ますます少女の同様は濃くなっていく。
「残念だったな女、俺はお前のカウンターに対して新しいカードを発動させていた」
少年の言葉にハッと我に返った少女は、改めてモニターの画面を確認していく。するとそこには新たなカードの効果が発動していたことを知る。
「こ、これは…………!?」
「マジックカード《ブレイクスルー》。相手のAPを下げる効果を無効にする対カウンターカードだ。これが俺に手札にあった以上、お前に勝ちは最初からなかった訳だ」
「あ、あんた…………まさか最初からこれを狙って…………!?」
「どうでもいいがな…………いいのか? もうそろそろお前の相棒が限界だぜ?」
少年の言葉通り、巨人に取り付かれた龍はその絶対の暴力により自由に飛べず、今にもバランスを崩して墜落しかけていた。この状況で龍を助けることができるのは、龍を操っている少女一人。だが、
「くっ…………何かっ、何かないのっ!? このままじゃ…………!?」
決死のカウンターカードを退けられた少女に既に策などあるはずもなく、それでも少女は何かに縋りつくように自分の手札やトラッシュに使えるカードがないか探していく。
そして無慈悲にも、その時は訪れた。
『ファ…………ファァァァァ…………』
『ガアアアアアアアアアアアアァアアッ!!』
巨人の双剣が両翼、両手足を削ぎ落とし完全にバランスを保てなくなった龍が廃墟の上に墜落する。
墜落の衝撃で離れた場所に建っていた廃墟すらも崩れ始め、二人が立つフィールドは粉塵に包まれる。
「ドラグアギトォォォォォォッ!!」
少女は相棒の龍が墜落した場所まで走り出し、傷ついた龍に駆け寄った。
視界が悪い中、何とか相棒を見つけ出した少女は、
体中の鱗を剥がされ、血管をむき出しにされた皮膚。
美しかった羽が生えていた翼はそこにはなく、体を起こそうともがく度に失った両手足から大量の血溜まりを作りだしていた。
「…………アギト…………ごめんねぇ、私が弱いばっかりに…………ごめんねぇ」
自分の浅はかな作戦で相棒を傷つけてしまったことに少女はその整った顔を歪ませ、目元に涙を浮かべる。
『ファァァァ…………』
すると、龍は顔を少女の顔まで近寄せると、少女の涙を拭うように少女の頬を一舐めし、優しく語り掛けるように鳴き続けた。
「ァ…………アギト…………?」
突然の事に驚きつつ少女が龍の瞳を見ると、龍はその翡翠色の瞳を潤わせて目を細めた。
その時――少女の視界が突如、真赤に染まった。
「…………は?」
マヌケな声を出した少女は、目元を拭い去り目の前を見る。
そこにあったはずの竜の優しい瞳はなく、あるのはただの首だけ。鈍く輝く鱗を持った頭。光りなく少女を見つめる翡翠色の瞳。
数秒後、少女はその首が何なのか理解し――発狂した。
「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
自分の相棒の血で染め上げた顔を手で覆い、現実逃避をする少女。その少女の体を突然大きな影が覆った。
それに気付いた少女が上を見上げると、
『ぐるるるるゥゥゥゥゥゥゥ』
「あ…………あぁ…………」
血が滴る双剣を振りかざした巨人がにやりと笑った気がした。
それが、この勝負で少女が見た最後の光景だった。
【試合終了。勝者、
腕から聞こえた機械音で少女は目が開くと、そこは廃墟でも村でもなく、静かな港にいた。
「終わったのね…………」
改めて自分の顔を触るが、そこには先程の浴びるような血もない。あれは全てゲームの中の物だった。だが、これから起こる事がゲームではないことを悟り、少女はうな垂れる。
「達美さんっ!!」
少女――
「静ちゃん…………ごめんね…………私、勝てなかった」
「立たないでくさだいッ! 錯覚とはいえ、受けたダメージは本当なんですからッ」
静の言葉を肯定するように、未だに達美の足の震えは止まらず、立ち上がることは困難そうに見えた。
そんな自分に憤りや悔しさを感じ、達美は握る手に力が籠もる。
――私にもっと力があれば
そんなことを感じずにはいられず目から涙が零れそうになる。だが、そんな時間を与えないとばかりに目の前から先程までの対戦相手、大句が笑いながら歩いてきた。
「流石は弱小ランカー。やること成すこと丸分かりだったぜ」
大句の笑った目を達美も負け時と睨み返す。
「そんな目をしたって無駄だぜ。賭けは賭けなんだからな」
勝ち誇ったように大句は怯んでいる達美の腰からケースを奪い取る。
その中には一つのカードデッキがあり、様々なイラストや効果が描かれているカードが入っていた。
「ったく…………こんな雑魚ばっかり入れやがって、探すのに手間がかかるぜ」
奪い取ったデッキの中身を雑に漁り続ける英。それを達美は震えながら見つめていた。
そして、遂に大句は探していたカードを見つけた。
「おぉ、これこれっ、俺に相応しいレジェンドレアカード!」
【激昂の竜神 ドラグアギト AP3000 SP3】
「このカードがあれば、俺は無敵だぜ!」
「か、返してっ!」
高々と奪い取ったカードを掲げる英の足に達美が縋りつく。
だが、抵抗虚しく英は石を蹴り飛ばすように達美の手を振り払った。
「悪あがきすんな! お前はこのカードを、俺は自分のカードを賭けて戦い、そしてお前は無様に負けた。敗者が無駄な抵抗してんじゃねえよっ!」
「自分のカードって、あなたが賭けたカードは、元々ワタクシから奪ったカードではありませんかっ!」
「俺の物は俺の物だ。そしてこのカードも俺の物…………いや、弱者の物は全て強者の物だ!」
大句はそこまで言うと、レアカードを引き抜いたデッキを高く上げ、それを見ていた達美が何をするかを察した。
「もっとも、こんなクズカードはいらねぇがなぁ!!」
「やめてぇぇぇぇぇっっっ!!」
大句はケースを地面に叩き付けるように振り下ろす――
「――お前、何をしているんだ?」
――だが、突如現われた男がケースを握っていた大句の腕を掴み、英はその男を睨む。
フォーマルスーツをきっちりと着こなした細身の男。その男の眼から発せられる威圧感に先程まで横暴な態度を取っていた大句ですら身構え
「だ、誰だよあんたっ!?」
それでも抵抗するように強気な態度を取る大句に、男は眼力を弱める事なく言った。
「
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