アラハの心
憎らしくて仕方がない。
あの人はいったい何なんだ?
みんなに期待されて、そしていつも期待以上の事をして、みんなを驚かせる。
オレがエース、あの人がアシストであっても、舞台に上がるのはあの人だ。
あんな大怪我をして、寝たきりになって、あんなに痩せ細ってしまっていたのに。
つい最近まで、ひょっとこ踊りのようなダンシングしか出来なかったのに。
チーム練習ではすぐに千切れていなくなってしまっていたのに。
一ヶ月前、TOJではダイチさんと一緒に思いっきりオレを引いてくれた。
「何なんだ? この人達は?」と二人のレースでの力に驚いた。
それでもツールは、TOJとは厳しさが全く違うレースだ。一日一日、ソラの身体は進化していた。ツールのレース中には、オレが知っているソラとは別次元のソラの姿がある。
オレのステージ優勝を狙った今日、一日を通して完璧にアシストしてくれた。全てオレの心を知っているかのように。ソラは強かった。安心して走れた。
あんなにアシストしてもらったのに優勝という形で応える事が出来なかった。オレはステージに上がれず、あの人がステージに上がった。
なぜ出来る? いくらオレが頑張っても出来ない事を、あの人はやってのける。
憎らしくて堪らないのに、あの人と一緒に走っていると楽しくて、幸せを感じるのはなぜだろう?
どんどん惹かれていく気持ちは何なんだろう?
パリのシャンゼリゼでマイヨジョーヌを着る日本人第一号になるというオレの夢。それは今でも変わらない。ソラよりも先に。
でも、あの頃抱いていた気持ちと今の気持ちは少し違う。ソラを蹴落としたいとは決して思わない。
全力で挑み、もしもソラがエースになったらオレはソラを全力でアシストする。
ソラに負けたくないから。
翌日の厳しい山岳ステージ、赤ゼッケンを付けたソラは中盤までペペのアシストに全力を尽くして仕事を終えた。
赤ゼッケンを付けた背中は、テレビにも何回か大きく映し出された。ポケットから出ているように見えるライオンの尻尾は、可愛いと注目された。
ペペは健闘し、ステージ八位に入った。
ソラは予定通り、この日を最後に今年のツールを去った。
休息日を挟み、更に二週間の激しい戦いが続いた。
アラハはまるでソラが乗り移ったかのように、一日一日大きな成長を遂げていた。
三週目の丘のステージで、レース後半に出来た逃げにアラハが入り、三人のゴール勝負を制し、ツール初出場で初優勝を遂げた。
アラハはゴールラインを通過してから、両手の人差し指で胸の「雅」を指差した。
アラハはソラに続く日本人二人目のツール・ド・フランス、ステージ優勝者となった。
それはミヤビズーランドチームにとって、嬉しいツール初勝利である。
先頭でゴールラインを越えて、ツールの表彰台の舞台に立って、少しだけあの人の見ている世界が見えたような気がした。
あの人を心から「リスペクト」します。
アラハは表彰台の上で「ありがとう」と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます