第一ステージ

 レース中盤。各チームが列車を組んで前方に上がろうとし、プロトンは道幅いっぱいに広がりスピードも上がっていた。


 現地から送られてくる映像を見ながら、その瞬間、世界中の解説者が大声で叫んだ事だろう。

 日本でも解説者の桃山が大声を上げていた。


「えーーー! 落車ーーー! 大規模な落車が発生! これは酷い。え? ちょっと待って下さい。大丈夫かな?」

 その映像を観ていた世界中の人達が凍り付いた事だろう。


 沿道で観ていた一人の観客が、迫ってくる選手を見ずに、テレビカメラに向かって大きく手を振った。乗り出したその人の身体に、一番右端を走っていた選手が接触し、大きく転倒。それに巻き込まれる形で三十名程の選手が転倒した。あってはならない信じ難い事故が起きてしまった。


 映像を観ながら、ひいきのチームや選手がいる人は、まず転倒している選手のウェアを確かめるだろう。桃山の目に飛び込んできたのは、ヘルメットとウェアのオレンジ色だった。

「あー、ミヤビ。ミヤビが何人か含まれてますね。誰? ソラは大丈夫かな。ソラのゼッケンはニニ八番。

 え? ソラ? あー、ソラが転んでいるー!」


「ソラはすぐに立ち上がりますね。良かった。怪我は大丈夫でしょうか。まだ完全復活とは言えないソラにとって、転倒は非常に危険です。

 走り出しますね〜。大きな怪我は無いように思われます」


 ミヤビは八人中五人が転倒し、一人はバイク交換に時間が掛かり、一人はその場でリタイヤとなってしまった。

 プロトンはスピードを緩め、落車した選手達が戻ってくるのを待った。

 その場でリタイヤに追い込まれた選手がニ名、大なり小なり多くの選手が怪我を負った。


 レースは落車など関係無いかのように無常にも続く。最後迄熱戦が繰り広げられ、初日のチャンピオンがマイヨジョーヌを獲得した。


 その日の夜、ソラはフェイスブックページに投稿した。


【ツール初日から大きな落車が発生してしまいました。オレも巻き込まれてしまったけれど、右肩の打撲と腕の擦過傷だけで、走りには問題なさそうなので安心して下さい。

 二年前に背中に大怪我をしてからは転ばないように慎重にやってきたので、転んだのはあれ以来です。背中が大丈夫だったので、自分にとっては、一つ大きな自信になったかな。

 でも、チーム員の一人は鎖骨骨折でリタイヤになってしまったし、本当に多くの選手が傷ついてしまった。多くの自転車も傷つき、深い傷を負ってしまった選手だけでなく、マッサーやメカニックは、今夜は殆ど眠れないかもしれない。

 このツールの為に厳しいトレーニングを積み、コンディションを整えてきたのに、一日目でそれを台無しにしてしまうなんて悔し過ぎる。

 ロードレースに落車は付き物で、どうしても避けられない場合もある。でも、今回の事故のように観客の人の不注意がもたらす事故は無くす事が出来る物。

 走っていて、観客の方の応援は本当に励みになる。だけど、選手達は命懸けで、ロードレースは大きなリスクを伴っている事を知っていてほしい。

 二度と同じような事故が起こらないでほしい。


 それと、レースに限らず、最近はトレーニング中の車との事故をよく耳にする。自転車も車もマナーをしっかりと守って、お互いを思いやる気持ちを忘れずに走る事で、こうした事故を無くしていきたい。


 走れなくなる事は本当に辛い事だから。

 今回怪我をした選手達が少しでも軽症である事、少しでも早く良くなる事を願う】


 翌日のステージは、多くの選手の腕や脚に痛々しい包帯が巻かれていた。一日目に怪我をした選手達も、走りながら怪我を治し、チームの為に出来る事をし、三週間を全力で走り抜こうとする。

 それがツール・ド・フランスだ。

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