チーム練習
この年、ミヤビズーランドはツールの出場権を得られなかったが、様々なレースで良い結果を出していた。
アラハはイップスをしっかりと克服し、もう下りでソラと一緒に転んだ光景がフラッシュバックする事も無くなった。そこそこ大きなレースでの優勝も経験した。
シーズンを通して、チーム員達はレースでヨーロッパ中を飛び回っていたが、宿舎に誰もいなくなる事は殆ど無かったし、グループでまとまってトレーニングに出掛ける事も度々あった。
夏頃から、ソラは出来るだけチーム員と一緒にトレーニングに出るようにした。一緒に走れるのは短い時間でしかなかったが、自然に強度は上げていく事が出来るし、選手としてのスイッチが入る。今のソラにとっては、チーム全員がとてつもなく格上の力を持っている。
追い込むと決めた日はとことん追い込んだ。
チームの絶対的エースであった選手が最後尾を走り、すぐにちぎれていなくなる。ソラは格好など気にせずに、新人選手のように必死に食らい付いていった。
そんなソラの姿を見て、チーム員達は何かを感じていたはずだ。
アラハは時々、ソラのペースに合わせて一緒に走る事があった。
「ソラ、肩甲骨の動き、だいぶマシになったな」
歳上に向かって、歯に衣を着せずにボソッと言うアラハの言葉が、ソラは結構好きだ。
珍しく横に並んできて、アラハの方から話かけてきた。
「参考になるか分からないかけど。ずっと見てきたから」
ソラが「何を?」と聞くと、アラハは前を向いて途切れ途切れに話出した。
「ソラの事。走り方も。ソラのいい所は全部盗もうと思ってた。肩甲骨と背骨の動きは特によく見て研究してた。結局、同じようには出来なかったけど、かなり習得はしたんだ。オレは少なくとも、今のソラよりはソラらしい動かし方が出来るから。後ろ付いて一緒にやってみるか?」
まさかそんな事を言ってきてくれるなんて、思いもしなかったソラはすっとんきょうな声をあげた。
「へぇ⁉︎ 」
アラハが説明を始めた。
「今も肩甲骨、立ってるけど、角度がこう、ちょっと鋭くなくて。怪我する前はチーターみたいだった。動き方にチーターみたいな威圧感みたいなのがあったけど、今はそういうのが無くてフニャけてる感じかな。前は背骨の存在感を凄く感じたけど、今は薄いかな」
アラハの身体感覚の表現の仕方はソラとちょっと似ている。ソラにはイメージがよく分かる。
「なるほどな。怪我する前のビデオとか見ながら、何となくイメージは分かるんだけど、上手く体現出来ないんだ。ちょっと後ろ付かせてな。ゆっくりめで頼む。ギア合わせていくから」
アラハの動きにシンクロさせるようにソラが付いていく。アラハはソラよりも少し背も高く、少し筋肉質だが、体型は大きく変わらないし、走り方も結構似ているのでリズムが合う。
ソラは少しずつ気持ち良くなっていくのを感じていた。
「
と言った。
「腹がどっしりした感じになってないから、こうクネクネしちゃって、背骨と肩甲骨が生きてこない感じだ。背中ばっかり気にしてたけど腹が弱ってるんだ。ちょっと交代。後ろから見てくれよ」
アラハがソラの後ろに突いて動きを真似る。
「綺麗に動いてないけど、意識はたぶんそんな感じじゃないかな」
そんな会話をしながら山を越える。
「な、アラハ。山、もう一つ付き合ってくれるか?」
「いいけど」
ソラがちょっとおちょくった。
「いいのかよ。オレをこんな援助してくれて。後々後悔する事になるぞ」
アラハも負けてない。
「ソラがあまりにも弱っちいから、今は憎らしくないんだ。オレと勝負出来るようになったら、また全力で倒しにいってやる」
ソラもアラハも晴々しい気持ちでその日のトレーニングを終える事が出来た。
「今日は本当にありがとう」
ソラが言うと、アラハはちょっとだけ笑った。
一方、ダイチは現役の時程の力は無いものの、かなりの走力を取り戻し、実際にレースを走りながら、走り方をチーム員に教えていた。
チーム員達は、ダイチのレースを走る力に驚いていた。トレーニングでは他の選手に歯が立たないのに、レースは走れてしまう。レースの流れを読んで、位置取りをして動いていく。実際のレースの中でダイチから学ぶ事は多く、ミヤビズーランドの選手達はレースをする力を磨いていった。
ソラはダイチとの約束を忘れた事はなかった。ダイチをアシストして勝たせる為には、ダイチに近いレベルで走れる必要がある。
本当に小さなレースならオレがアシストしなくてもダイチさんは勝ってしまう。ダイチさんのレベルが上がれば、それ相応のレベルのレースを求めなければならない。ダイチさんはどこまでいくのか。
オレは置いていかれるわけにはいかないんだ。
ソラはどんどん走れるようになっていった。それでもレースに対応出来る力はまだ無い。今年はとにかく土台を大きくするだけだ。
来年、来年どこかのレースで一つの夢を実現したいとソラは考えていた。
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