励ましの言葉

 ソラと真崎はダイチにその話をし、すぐに石山ドクターを訪ねた。

 真崎がソラに話した事を話すと石山は怖い目を向けてきた。


「君は根本的に何か勘違いをしていないかな? 戦いの武器とか言っている時点でおかしい。自転車には乗れるようになっても、ソラのレース復帰は難しいという事を分かっておられないのかな? 転倒して同じ所を痛めたらもうお終いだ。転倒という事を抜きにしても、この背中ではレースに出れるようなトレーニング負荷にも耐えられない。レースという物を切り離して考え、まずはしっかりと動ける身体を作る事を最優先とするべきだとは考えないのかね」


 ソラがいつになくキリッとした表情をして話始めた。


「エルゴメーターに乗れました。

 嬉しかった。ただペダルを回すだけで、何でこんなに幸せを感じるのかな? って思いました。僕は自転車に乗る事が大好きだから。確かにそうです。でも、それだけじゃない。

 その先に見える物があるからだと思う。エルゴメーターに乗れれば、自転車に乗れると思えるし、自転車に乗れればレースに出れると思える。僕には夢がある。レースに出て成し遂げたい夢が。

 先生はレースは無理って言ったけど、僕は諦めていない。

 僕達はいつでも戦う事を前提に考えてるんです。

 だから、ここまで来れたと思うんです。ただ自転車に乗りたいっていう気持ちだけだったら無理だったと思うんです。

 それに、出来る所まで挑戦してみて、レースの負荷に耐えられなかったのなら、それで諦められる。けど挑戦もしないで諦められない。


 転倒のリスクだって、怪我をしてるからって、そんなに大きく変わらないと思う。怪我をしていなくたって、転び方が悪かったら一発で死んじゃうわけだし。

 先生を初め、沢山の人達の力のおかげで、僕はここまで来る事が出来ました。だから、僕は自分の身体を大切にします。だけど大切にするっていう事が、リスクを冒さずに、安全に、守って、身体を長持ちさせる事だとは思わない。僕は自分自身を最高に輝かせたいんです。

 すみません。生意気な言い方になってしまって。わかって下さい」


 ソラが言い終わると、石山は黙ったまま、しばらく目を閉じて口を固く結んでいた。

 そしてゆっくりと話始めた。


「君達は凄い世界に生きている人達だ。常人じゃ、今のソラの姿は考えられない。私は医者として言わなければならない事を言ったまでだ。

 しかし、私、石山個人として言うならば、君達のそんな生き方が好きだ。応援しているよ」


「ありがとうございます!」

 三人の声が同時に響いた。


 三人は年明け早々にスペインに戻る事に決めた。


 ソラはタケルにその事を話すと、タケルは少し悲しそうに笑顔を作った。

「寂しくなっちゃうな。でもソラの新しい出発だね。おめでとう!

 テレビ観てるから。またツール、走るんだよね」

 ソラは少し困った顔をした。

「そんな簡単に約束出来ないよ。ツールはね、化け物達の集まりなんだ。あんな中にまた入れるかどうかはわからない。

 だけどね。オレ、ダイチさんとの約束があるんだ。凄く小さいレースになっちゃうかもしれないけど、オレがアシストしてダイチさんを優勝させるんだ。それがもし日本で出来そうだったら、タケルに観に来てほしいんだ。連絡入れるからさ」


 タケルの笑顔が弾けた。

「すげー! 絶対観に行く。楽しみだな。ソラ、頑張れよ!

 そうだ、僕、一年間学校休んじゃったでしょ。だから四月からもう一回、中学二年生をやる事にしたんだ。学校は変えない。だから、あと三ヶ月で出来るようにならなきゃいけない事が沢山あるんだ。

 頑張らなきゃ。ソラが頑張ってるって思って、ライオン見ながら頑張るよ」


「タケル頑張れよ。オレもタケルが頑張ってるって思って、負けないように頑張るよ」


 ソラにとってタケルは大きな心の支えの一つになっていた。


 スペインに戻る前に三人は「雅」の高松の元を訪れた。

 暮れも押し迫り、京都の比叡山は正月休みの観光客でそこそこ賑わっていた。あちらこちらから京都弁も聞こえ、はんなりとした感じが心地よい。

「雅」の和食レストランも喫茶店のような佇まいに縮小され、こじんまりと営業されていた。


 ソラはこんな状態になって、今後レースを走れるかも分からないのに、チームに残っていていいのか気掛かりだった。

 高松は三人の訪問をとても喜んだ。

「頑張ってくれているようだね」と、まずねぎらいの言葉を投げかけた。

「深井君とはずっと連絡を取り合っているから状況は分かっている。三人の目を見て私は安心したよ。

『ミヤビズーランド』はツール・ド・フランスを目標に作られたチームである事は確かだけれど、私はそこだけを目指しているわけじゃない。

 私がダイチとソラの志に惹かれて、それを君達で終わりにさせたくなかったというのがチーム結成の第一の目的だ。

 確かにエースのソラがこの状態で、チームが結果を出していくのは今は厳しい状況にある。

 それでも、私は君達の挑戦を信じている。どこまで出来るのかは分からないが、苦しくなって根を上げる迄はソラを解雇する事はしないし、チームは存続させる。

 だから、焦る事なく時間をかけて取り組んでほしい。それを見ている人はきちんと見ているはずだ。決して無駄な時間ではない」


 そんな言葉に三人は一層励まされた。更に高松は嬉しい提案を持ちかけてきた。これまではミヤビズーランドのチーム宿舎の近くにある治療院に勤務しながら、選手を診たりチームに帯同していた真崎を、しっかりとした補償を付けてチーム専属マッサーにしたいという話だ。

 真崎はもう五十歳に近いが独身だ。選手と一緒にチーム宿舎に住み、選手の身体を診る事に専念し、ソラには充分時間を掛けてほしいと言われた。

 真崎にとっても、それは望む所だった。

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