三回目の手術
手術室に向かう為に、ストレッチャーに乗せられて病室を出ると、そこにアラハが立っていた。来てくれたんだ。アラハはソラと目を合わせ、目を合わせたまま軽く会釈をした。ソラも目を合わせたまま軽く頷いた。
ダイチとアラハは待合室で手術の成功を祈っていた。タケルはいつものようにリハビリに励んでいた。手術の成功を祈りながら、いつもより心を込めて一つ一つの動作を行なっていた。彼らだけではなく、世界中の沢山の仲間達、ソラを応援している人達が祈っていた。
沢山の小さな力が集まって、大きな力となって、祈りが届いたのだろう。手術は無事に成功した。
待合室に石山がやってきて、ダイチとアラハに「手術は成功しました」と言った時だった。
「良かった」
アラハの声が漏れた。
ダイチはアラハに顔を向けると、堪えていた涙が流れた。アラハの声を聞いたのは四ヶ月ぶりだった。
「良かった」
ソラもアラハも本当に良かった。
「ありがとうございました」
ダイチが石山に向かって深々と頭を下げると、隣のアラハも合わせて深々と頭を下げた。
初めてだった。心の声がこんなに素直に言葉となって表れたのは。
四ヶ月ぶりなんかじゃなくて、物心ついてからずっと、アラハにとって言葉というのは、考えて作って吐き出す物だった。不思議な感覚だった。
ダイチはソラに頼まれていた事を思い出した。手術が成功したら、真っ先にこれを投稿してと言われていた。ダイチはそれを実行した。
【速報! 手術が無事に成功しました! 皆様の祈りが届きました! ありがとう!】
投稿しながら「全く、ソラって奴は‥‥‥」と呟いた。
手術室からソラがストレッチャーに乗せられて出てきた。酸素マスクを付けて、まだ麻酔が効いて眠っている。
看護師が「このままお部屋に行きます。少し処置をしますので十分後位にお部屋にいらして下さい」と言った。
アラハは喋れるようになっていた。
「オレ、これで失礼します」
ダイチにそう言ってきたので「一緒に来いよ」と言ったが「用事があるから行かなくちゃ。ソラによろしく」と言って頭を下げて行ってしまった。
あいつにしては大進歩だなと思ったダイチは、それ以上引き止めなかった。
この一年間で同じ箇所を三回も手術。もうこれ以上は出来ない筈だ。これが最後。「成功」が意味する物はどこまでか。先生はレースまでは考えられないと言っていた。オレはソラにあんな事を言ってしまって良かったのだろうか?
ソラはそれを信じて頑張るに違いない。オレがそれを信じなくてどうする? しっかりしろ! オレはソラが「もう無理です」って言わない限り、弱音は吐かない。絶対に。
ダイチは強い気持ちを持って病室に向かった。
ソラが薄っすらと目を開けた時、ダイチが「成功したって、手術」と言うと、ソラはゆっくりと二回頷いてまた目を閉じた。
ソラは時々、薄っすらと目を開けるが、殆ど目を閉じていた。ダイチは心配になって先生に尋ねたが、「心配ないから、今日はもう帰りなさい。出来れば明日また来るように」と言われた。ソラがどこまで出来るようになるかは何とも言えないらしい。
翌日、十時頃にダイチが病室を訪れると、ソラはぼーっと外を見ていた。ダイチが来た事に気づいたソラは弱々しい小さい声を出した。
「あ、ダイチさん。ありがとう」
「ソラ、よく頑張ったな。痛むのか?」
ソラは辛そうだ。
「ちょっときつい。昨日夢を見たんだ。手術が無事に終わった時、アラハが『良かった』って言ってくれた」
「え?」
ダイチはドキッとした。
「夢じゃないさ。昨日、先生が手術室から出てきて『手術は成功しました』って言った時、アラハが『良かった』って言ったんだ。それからあいつ、喋れるようになった。すぐに帰っちゃったけど『ソラによろしく』って」
ソラはちょっと嬉しそうな顔をした。
「良かった」
小さい声で言った。
「オレがいたら辛いだろうから、もう戻る。明日また来るから。きっとすぐ楽になるよ。今日はちょっと辛抱だな。頑張れよ」
ダイチはソラの頭を撫でて帰っていった。
その日の午後、石山ドクターがリハビリの先生と一緒に病室にやってきた。
「しんどいのに申し訳ないけど、ちょっとだけ身体動かさせてな」
石山はそう言って、リハビリの先生に指示を出し、ソラの脚を動かし始めた。ソラはしんどくて、成されるがままにしていたが、手術前と少し違う何かを感じた。
「何かちょっといいかも」
ソラがそう言うと石山は満足そうな顔をした。
「そうか。その感覚が大切なんだ。明日から少しずつ動かしていきましょう」
ソラは何か少し希望の光を見たような気がした。
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