覚悟

 シーズンが終了すると、ダイチはすぐにソラの病院にやってきた。

 約束通り、チーム宿舎のソラの部屋からライオンを一匹持ってきてくれた。

 そのタイミングを見計らっていた石山ドクターが二人に話があると言ってきた。

「一時間後に、応接室に来てくれるかな?」と言われた。

 ダイチもソラもあまり良い話ではないような気がしていたが、覚悟を持って応接室に行った。ソラは一本の杖を突きながら、助けは借りずにゆっくりと足を引きずるようになら歩けるようになっている。


「そろそろ覚悟を決めなければならない時期にきている」と石山は言った。

 このままリハビリを続けても、これ以上の進歩はあまり望めそうにない。ゆっくりとした動作ではあるが、日常生活は一通り介助無く出来るようになった。ここを一つのゴールとするというのが第一案だ。

 第二案は、患者がソラでなければ絶対にやらない話だ、と言った。今、ソラはももを身体に引きつける動作が出来ないのでエルゴメーターにも乗れないし、歩く時も足を引きずるようにしか歩けない。ある手術を行う事で、もしそれが成功すれば自転車に乗れるようになりそうだというのだ。ただ、そのレベルがレースという所までは考えられないという事。とてもリスクの高い手術で、成功の可能性は五十パーセント。上手くいかなかった場合は一生車椅子生活になってしまう可能性が高いという話だった。


 石山は申し訳なさそうな顔をした。

「厳しい二択を告げる事に、とても心が痛む」と言った。

「私はソラの気持ちを察する。今はきっと手術に懸ける道しか見えていないと思う。しかし、感情に任せるのではなく、冷静によく考えてほしい。人生は長い。ダイチ君と二人でよく考えてほしい。また日を置いて話をしよう。いい話が出来なくて申し訳ない。ダイチ君、よろしく頼む。何か聞きたい事はあるかい?」

 ダイチがソラの方を見ると、ソラは無表情に首を横に振った。

「わかりました。今はいい言葉が見つかりません。また後日お願いします」

 ダイチはそう言って立ち上がった。深くお辞儀をしてソラを促し、部屋を後にした。


 病室に戻るまで何も話はしなかった。ソラは黙ってベッドに横になり、ダイチは椅子を持ってきて近くに黙って座っていた。


 ソラはライオンをそばに引き寄せ、その立髪を撫でながら寂しそうに言った。

「オレ、もうツールに出る事は無理なのかな?」

 沈黙が続いた。外を見ると冷たそうな雨がシトシトと降っている。


「無理なのかもな」

 ひとりごとのようにダイチが言った。

「え?」

 ソラがダイチに振り向くとダイチはゆっくりと話した。


「そんな事ないって言ってやりたいよ。ソラはまたツールを走れる身体になるって信じたいよ。だけど、その身体を見てそんな無責任な事は言えないからな。

 ただ、オレは一つ思っているんだ。手術が成功して自転車に乗れるようになったら、ツールは無理かもしれないけど、ソラはまたレースを走れるようになると思うんだ。

 なあ、ソラ。一つ大きな目標を立てないか? それはソラ一人でもオレ一人でも達成出来ない物なんだ。どんなに小さなレースでもいいから、ソラがオレのアシストをして、オレを優勝に導いてほしいんだ。それはお前がずっと持ち続けていた夢の一つだろ? オレも頑張るから、ソラも頑張れよ。一緒に頑張って夢を叶えないか?」


 ダイチさんはきっと、先生に言われる前からずっと考えてくれてたんだなと思った。オレも言われる前から色んな覚悟は持っていた。感情に任せてそんな危険な手術なんかやらない。ずっとずっと色々冷静に考えてきたけど、自転車に乗れるようになる可能性が少しでもあるなら、それに懸けたいと思う。例え一生車椅子生活になったとしても後悔はしない。

 オレ以外には出来ないっていうその手術は、オレの為にあるって事。はっきりとそう思った。


 ずっと持ち続けてきた一つの大きな夢をダイチさんと一緒に叶える。もう何の迷いも無くなった。


 翌日、ソラは石山に手術のお願いをしに行き、十日後に手術を行う事が決まった。そして手術の二日前に投稿した。


【自転車に乗れるようになる為に、明後日もう一度手術をする事になりました。手術が無事に成功するように皆様も祈っていて下さいね(笑)

 そうだ、約束していた写真入れま〜す!

 左からダイチさん、ソラ、タケル】

 投稿に入れる為に、三人とも飛びっっきりの笑顔を作って、さっき看護師さんに撮ってもらった写真を入れた。

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