苦しみ
ツールが終了し、ソラは無理やり長い休養期間を与えられた。自転車に乗る事は勿論、一週間は完全休養を言い渡された。まずは背中の違和感をきちんと取る事が先決だ。自転車を始めてから、一週間も続けて乗らなかったのは初めてだった。
身体が自転車に乗れない位痛かったら諦めも付くが、中途半端に痛くて休まなくてはならないのは辛い。チーム宿舎にいて、他の皆がトレーニングに出掛けるのを見ているのはやるせない。
マッサージや電気治療を毎日入念に受け、たっぷりの睡眠をとって、腐りそうと思う位休んだ。
自転車に乗る事が許可されると、もう天国にいるみたいに幸せだった。
ソラが走り過ぎないように、メニューがしっかり組まれ、少しずつ走行距離と強度を増やしていった。マッサーの真崎がナーバスになっているので、ダイチはチームドクターとも連携を取ってかなり慎重に進めていた。
早くきちんと通常のトレーニングをしたいというソラの気持ちとは裏腹に、回復は上手く進まなかった。少し強度を上げていくと、背中に違和感や痛みが出て休む、という事の繰り返しが続き、精密検査を受け、その対策に悩む事となる。
ライバルのレオナードに助け舟を出してもらう事はしたくなかったが、とにかく早く治したくて、近道はそこ以外あると思えなかった。ダイチにその事を話し、レオナードにメールを送ってみると、とても丁寧な返信をくれた。
数年前、背中の痛みに苦しみ、ヨーロッパ中の名医を訪ね歩いたというレオナード。今は完治していて、その救いのドクターを紹介してくれた。レオナードの活動の拠点は今イタリアにあり、そのドクターも近郊の病院にいる。ソラは連絡を入れ、すぐに診てもらう事が出来た。
このドクターは手術する事なく、保存療法と体幹を中心とした地道なリハビリトレーニングを課す事でレオナードを完治させている。
一流ロード選手への、背中のこの部分の手術は出来るだけ避けたいと考えている。
ソラの怪我はレオナードとかなり似通った所があるが、全く同じという事はないし、同じ療法が効くとは限らない。しかし、前例がある事で望みは大きいと考えられた。
しかし、一ヶ月間ここで治療に専念したが改善の兆候が見えず、ドクターは手術を勧めた。ソラは一度スペインに戻る事にした。
レオナードに感謝の気持ちを伝えると「役に立てなくてごめん」と言った。
「日本にはソラを治してくれる名医がいるかもしれない。必ず良くなる方法があるから絶対諦めるなよ。オレ、待ってるから」
そう言ってくれた。
ソラはスペインに戻ってからもあらゆる治療を試したが、状態は改善するどころか、痛みや痺れが少しずつ強くなっていった。真崎とダイチは様々な可能性を探り、日本で名の知れた何人ものスポーツドクターとやり取りを交わしていた。
結局、ソラはツールの後は一つもレースに出る事なくシーズンを終えた。最善策を話し合った結果、日本で石山というドクターの手術を受ける事に合意した。
秋は深まり、窓の外では落ち葉がカサコソと宙を舞っていた。
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