重圧

 朝起きるのが怖かった。身体はちゃんと動くか? レース中もレース後も、神経質になっていた。レースが怖いと思ったのも初めてだった。エースの重圧、守らなければならない物がある事がソラを苦しめていた。

 自らそれ以上の山岳ポイントを重ねる事は出来なかったが、山岳賞を脅かす可能性のある選手はチームメイトが必ずチェックに入り、大きなポイントはチームメイトが取るように動いていった。山岳に強いスペインの選手達はここで気をはいてくれた。

 ソラは思うような走りは出来なかったものの、四日間を耐え抜き、チームメイトに助けられて、山岳王に輝いた。


 薄暗くなったパリ、シャンゼリゼ。表彰式で凱旋門はプロジェクターを使って華やかにマッピングされた。凱旋門が赤い水玉模様に化粧されると、「ソーラー、フタバーーー!」の声が響き渡る。

 ソラが壇上に現れ、花束を貰って微笑み、両手を上げた。

 ソラは嬉しいという気持ちよりもホッとしていた。チームで何とか守り切れたこのジャージ。

 自転車を始めた頃から、少し前まで一番憧れていたのは、この赤い水玉ジャージだった。ソラは昔から山が大好きで、自分に一番似合うのはこれだろうと思っていた。その憧れのジャージを手に入れたのに、あまり実感がわいていなかった。

 最後迄、楽しく攻めて山を走れず、チームが守ってくれて得た物だから、山岳王に相応しくないと感じていたからかもしれない。

 それでも、これはチームにとって大切な物だったから安堵の気持ちは大きかった。


 テレビを観ながら、アラハは三週目のソラの異変を鋭く感じ取っていた。アラハは誰よりもソラの事をよく観察している。ソラがダイチを観察していたのと同じように。ソラがダイチに向けていたのがリスペクトからくる物だったのに対し、アラハのそれは、「こいつに勝つ」という信念からくる物、という違いこそあれ‥‥‥

 いつもと違う動き、いつもと違う表情、いくらソラが隠そうとしていても、アラハにはお見通しだ。

 表彰式の時でさえ、一つ一つの動きをやけに丁寧にゆっくりとやっていた。これは身体にかなり深刻な何かを抱えているに違いないとアラハは感じていた。

 山岳賞は獲られてしまったけれど、ここから自分にチャンスが巡ってくるかもしれないと、密かにほくそ笑んでいた。


 一方、ライバルチームのレオナードはソラの不調を心配して表彰式が終わった後に、声を掛けてきた。

「もしかして、背中か? ライバルのオレに話したくないかもしれないけど、もしも困ったら相談に乗るから。オレはプロ一年目から二年間、背中の痛みに相当苦しめられて、ヨーロッパ中の名医を訪ね歩いたんだ。とにかく無理はするな。一応連絡先教えておくからさ」

 そう言って名刺を渡された。

 彼は鮮やかな黄色いのマイヨジョーヌを着ていた。ソラはついさっき彼の表彰式を見ながら思っていた。

 やっぱりマイヨジョーヌは全然違う。赤い水玉は憧れだったけど、今は彼のマイヨジョーヌが眩しくて仕方がない。黄色い光でお化粧された凱旋門をバックに、マイヨジョーヌを着てライオンに思いっきりキスをする。それこそが最高の瞬間だ! と。


 そのヒーローにこんな声を掛けられるなんて。何で背中って分かったんだろう? まさかオレも二年間とか苦しむ事にならないだろうな。そんな事をちょっと思ってしまったが、ちゃんと休んで疲労を取れば大丈夫さ、と自分に言い聞かせていた。


 マイヨジョーヌを着たのも、山岳王のジャージを着たのも、若干二十三歳の若者だった。

若い彼らの活躍は、若者達を中心としたロードレース人気を急上昇させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る