山を越えて(プロ六年目)

エースナンバー

「エースナンバーだね。おめでとう」

「ソラもエースナンバーじゃないか」

 ソラは二年ぶりのツールでのレオナードとの再会を喜んでいた。


「同じ一番でも価値が違うから」

 各チームのエースはおおむね、下一桁のナンバーが『一』だ。

 レオナードのチームは強豪ぞろいで、他のチームなら間違いなくエースになれるだろう選手が沢山いる。一昨年二連覇したベルチャを差し置いてのエースナンバーだ。

 ソラがそう言うと、レオナードは怪訝けげんそうな顔をした。

「価値が違うって何だよ。自分のエースナンバーにもっと誇りを持てよ」

 ソラはハッとしたが顔には出さなかった。

「そうだな」

 軽く流した。


 ツールが始まり、ソラは最初に設定された山岳賞から取りにいったが、他にも狙っている選手が多く、獲得は出来なかった。

 しかしソラの調子は良く、山岳の厳しい七日目に超級山岳を取り、赤い水玉ジャージを獲得すると、快進撃は続いた。レオナードのチームにも山岳に強い選手は何人もいるが、チームは総合優勝に的を絞っているようで、山岳争いには参加してきていない。

 この年のツールは二週目に難易度の高い山岳が集中していて、そこで大きなポイントを重ねていったソラが、三週目を待たずしてほぼ山岳賞を決定させたかのように思われた。


 ミヤビズーランドのチーム宿舎では、ツールに出られなかった選手達が集まって毎日テレビ観戦をしていた。みんながソラを応援し、特にアラハと同期の二人は夢中になっている。

「すげー、ソラさん。めちゃくちゃ強いな」

「もう間違いないだろ? 山岳賞」

「オレ達も来年はあの中入ってしっかりアシストしたいよな」

 そんな会話をしている二人をアラハは遠くから白い目で見ていた。


 あいつら何でそんな風に観れるんだ? オレはソラに山岳賞なんて取られてたまるかって思う。ますますソラはヒーローになり、ますますオレは差を付けられる。ソラばかり上手くいく事、許せない。

 まだまだ何が起こるか分からない。三週目で潰れてしまえ。

 アラハだけはそんな風に思っていた。


 二回目の休養日を終えて、残す所あと五日。休養日明けというのは、フレッシュになる選手もいるが、意外と体調を崩す選手が多かったりもする。今回のソラがそうだった。

 ソラは朝起きると、背中に少し違和感を感じていた。痛いという感じではないが、重だるい感じでスキッとしない。今迄に感じた事のないいやらしい感じが少ししたが、休養日明けだし、走り出せばスッキリするだろうと、あまり考えないようにした。

 その日のソラの走りは冴えなかったが無難に乗り切った。レースを終えてから、背中の違和感の事をマッサーにもきちんと話し、入念にマッサージを受けた。

 マッサーは日本人、ダイチと同い年で、ダイチが日本で活動する時は彼を見てきたゴッドハンド、真崎まさき


 真崎はソラには詳しい事は言わなかったが、ソラの背中の感触に嫌な物を感じていた。ソラの筋肉はとても柔らかく弾力性がある。特に背中の筋肉は他の選手にはない、細かな躍動感みたいな物が感じられ、それがソラの強さの秘訣のような気がしている。ダイチもいい筋肉をしていたが、背中に関してはソラはピカイチだと真崎は感じている。

 レース後や疲労が蓄積してくるとここが硬くなるが、いつもはマッサージによってスッと柔らかくなる。

 ソラの身体はとても素直な身体だ。真崎の手と心が上手くソラの身体に入っていき、ソラの身体に表れるという感じなので、いつもは双方にとってとても気持ちがいい。

 それが、今回は念入りにマッサージしても効果が表れてこないのだ。


「ソラ、ちょっと疲れが溜まってるかな。無理はせずに、あと四日、辛抱しろよ。チームのみんなが助けてくれるし、山岳賞は守れるから。自分から攻める必要はないんだ。賢く走ってジャージは守れよ。監督とダイチにはオレからソラの状態を伝えておくから」

 ソラは「ありがとうございます」と言って部屋を後にした。

 大丈夫だって言われても、良くないって言われても、不安は消えないと思ったが、「賢く走ってジャージを守る事」が今一番大切な事なんだと自分の中でもう一度確認した。

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