尖った少年
その一人の選手とは‥‥‥
今年高校を卒業してミヤビズーランドに加入してきた選手。彼は高校在学時代から評判があまり良くない選手だった。能力は高く、ジュニアナショナルチームのメンバーでもあったが、深井も手を焼いていた。協調性が無い上に、無口でコミュニケーションが取りにくい為、深井も多くを語らず見守っている事が多かった。
そのアラハが、ミヤビズーランド結成の話が持ち上がった時に直々に深井に話をしにやって来た。
「オレをミヤビズーランドに入れて下さい。ソラ選手より先に、パリでマイヨジョーヌを着る日本人第一号になるから」
その目は真剣だった。深井はこいつをチームに入れる事はリスクも大きいと考えたけれど、その真剣な目に懸けてみる事にしたのだった。
ミヤビズーランドはスペインにチーム宿舎を構えていて、独身の選手はそこで一緒に暮らしている。
小さな部屋が一人一室与えられているが、共同部屋で過ごす時間が長い。まあ、一緒に過ごすといっても、トレーニングで長時間外に出ているし、宿舎に居ても一緒に何かをやるというよりは一人一人勝手に好きな事をしながらくつろいでいるという感じだが。
ソラもアラハもここに住んでいる。ソラはこれまでずっとチームの最年少だったが、歳下の選手が入ってきたので、色んな面でもっとしっかりしなきゃと思っていた。アラハの評判が良くない事はソラも知っていて、確かにやりにくさを感じていたが、他の選手にはない何かを感じていた。
アラハ以外の日本選手達は友好的だし、とてもやりやすいのだが、何か物足りなさを感じている事は確かだ。特に高卒の二人はいい子で、言われた事は何でもハイハイときっちりとやる。しかしやる事は、言われた事以上でもそれ以下でもない感じだ。
アラハは指示に従わない事が多く、その理由もきちんと言ってこないので何を考えているのか掴み所がない。自分の部屋に居る事が多く、大部屋にいても一人ポツンと離れた場所でパソコンを開いているか、みんなが観ているテレビを観ている。みんなで観ているテレビはその殆どがロードレースだ。気になるレースがある時はトレーニングの時間を繰り上げ、深井とダイチを交えてチーム全員で観て勉強する。
ソラはアラハの視線を感じる事が多い。アラハはソラの事をいつも観察している。直接何かを聞いてくる事はないが、ソラの強さの秘訣を必死に探っているように見える。いつ起きていつ寝るか、皆でやるトレーニング以外に普段何をやっているか、いつ何を食べ、何を食べないか、何回噛むかまで見られているような気がする。
ソラが視線に気づいてアラハに顔を向けると、視線をサッと逸らす。ソラはちょっと怖いなと思っているが、何気なくソラの真似をしてみたり、良いと思った事を取り入れているように感じるとソラも少し嬉しい気持ちになる。
チームトレーニングの時も隙あらば、ソラの真後ろに張り付いて観察し、動きを真似たり、ぜいぜい言いながら必死に食らい付いてくる。
それでも、アラハの視線から感じるのは、オレに対するリスペクトの気持ちではなく、オレに勝ちたいという気持ちだけだった。
いざこざは絶えなかったが、ミヤビズーランドは翌年のツール・ド・フランスの出場権を獲得した。チーム力がワールドチームにはまだまだ及ばないので、ソラの力を持ってしても総合上位を狙うのは厳しいだろうが、もしかしたら山岳賞なら狙えるのではないかとチームは考えた。
山に強い選手を中心にメンバー構成し、スペイン人三名とフランス人一名、日本人はエースのソラとアシストに適した三名が選ばれた。ソラはこの中では最年少、若きエースだ。アラハは残念ながらメンバーには選ばれなかった。
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