ミヤビズーランドというチーム

 京都の比叡山にきょを構える高級和食レストラン「みやび」の社長、高松は長年持ち続けていた夢を実現する為の第一歩を遂に踏み出した。


 二十年前、高松が初めて観た自転車ロードレースがテレビの中のツール・ド・フランスだった。四十歳の時だった。

 ある時は灼熱の太陽を浴びて、またある時は冷たい雨にうち続けられながら、何時間も何時間も走り続ける。

 集団から抜け出し、何分も差を付けて、飛び抜けて強い選手がいると思っていると、いつの間にか全員に抜き去られていたりする。

 二百キロも走って、勝負は最後の百メートルで決まったり、後ろの方でゴールした選手がまるで優勝したかのように手を挙げて喜んでいたり。

 何だかわけが分からない事づくめの競技だった。


 二百名近くいる選手の中に一人の日本人が走っている事を知った。こんな所で戦っている日本人がいるんだなと思いながら、毎日テレビを観ているうちに、少しずつこのレースの事を知っていった。

 その日本の若者はダイチといった。三週間で三回もひどい転び方をしていた。転んでも転んでも立ち上がり、傷だらけになりながらも、チーム員にボトルを運んだり、位置取りをしたりしながら、毎日きちんとゴールに辿り着き、三週間を走り切った。

 パリのゴールでチーム員がまとまって嬉しそうにしている姿を見て、感動を覚えた。


 二十年近くダイチを見続けながら、彼を引き継ぐ者が現れる環境を作れないものかとずっと考えていた。

 しかし、何も実行に移す事は出来ないうちに彼が引退し、私が生きている間に、もうこんな日本選手を見る事は出来ないのかと思っていた。

 その時にソラという若者が現れた。ダイチの意志を引き継いだ者がいた。そして、ダイチが成し遂げる事が出来なかった事を成し遂げ始めた。これを、ここで終わらせてしまわない為に、今動く事を決心したのだ。


 私には代々受け継がれてきている資産があった。私が受け継いだ物をそろそろ受け渡す時期にきていた。しかし、それを私が受け渡したいと思う者は現れず、受け継ぎたいと思う者も現れなかった。

 古くから継承されてきた形を崩し、変える事は大きな賭けではあるが、伝統とは別の分野に受け渡したいと思う場所が現れてしまったという事だ。


 高松は深井の事を知り、何度も何度も話し合いを重ね、遂に動き出した。

 高松からその熱い話を聞いて、ダイチとソラに迷いは無かった。


 スペインの動物園がスポンサーになっていた「ズーランド」というプロチームが解散の危機にあり、そこに「ミヤビ」がメインスポンサーとなって「ミヤビズーランド」というチーム名となった。

 活動の拠点はスペインだが、本拠地は日本。日本国籍のチームが誕生した。


 年が明けて「ミヤビズーランド」は活動を開始した。

 監督は深井、プレイングコーチにダイチ、選手はソラ、別の海外プロチームから移籍した日本選手が二名、日本プロチームからの移籍三名、今年高校を卒業する若手の有望選手三名、ズーランドに所属していたスペイン人八名、フランスのシアンエルーから移籍した二名。選手二十名でスタートした。


 初年度はツールにこそ出場は出来なかったものの、ソラの快進撃は止まらなかった。チーム力はまだまだで、上のクラス「UCIワールドチーム」の中に入って戦うのは厳しいだろうが、プロチームでの戦いならソラ個人の力で勝利を収める事も出来た。

 ダイチ自身もチーム結成と同時にトレーニングを再開し、少しずつ力を取り戻していった。ブランクは大きく、流石にレースに出場する事は無かったが、チームトレーニングでは一緒に走りながら指導する事が多かった。現役時代の力は無くても、ソラにとってはダイチと一緒に走れる事はこの上なく嬉しく、走り方の学びも沢山あった。


 一方で深井とダイチはチーム作りにかなり苦戦を強いられていた。チームのスペイン選手達は価値観の違いから日本選手と衝突する事が多かった。

 スペイン選手達は総じて自己を主張した。自分がいかに活躍出来るかを常に求めている所がある。

 フランス選手の二人はシアンエルーチームでソラと一緒にアシストに尽くしてきた選手なので、やる事は分かっているし、やりやすかった。

 日本選手は総じて自分がやるべき事はしっかりと理解し、全力を尽くしていたが、ソラのアシストとして、どの選手もまだ身体能力が不足していた。

 チーム内でいざこざが起きる事はしょっちゅうだったが、自己主張の強いスペイン選手達を含め、若きエースのソラに対するリスペクトは皆に統一された物だった。

 一人の選手を除いては‥‥‥

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