新たな取り組み(プロ五年目)
漫画のような話
「まだ、何も決まってないんだ」
ダイチが話を切り出した。
「本当はもう少し話が煮詰まって、方向が見えてから話したかったんだけど、あまりゆっくりしてるわけにいかなくなってしまったしな」
ダイチは何か言い辛そうだ。言葉を探しながら話している。
「以前から深井さんが、ツール出場を目指す日本国籍のチームを作りたいって言っていたのはソラも知ってるよな。それが急に現実味を帯びてきたんだ」
「えっ!本当ですか?」
ソラはびっくりした顔をした。
「スペインの、あるUCIプロチーム(※)が存続の危機にあるんだけど、日本のある大手企業がメインスポンサーになって存続させようとしているんだ。どれだけお金を出そうとしているのかは分からないけれど、スポンサーになるに当たって、三つの条件を付けているらしいんだ。
一つ、登録国を日本にする事。
一つ、ツールドフランス出場選手の半数以上を日本選手にする事。
一つ、ソラをチームのエースとして、ダイチをプレイイングコーチとして迎え入れる事」
「何それ? そんな漫画みたいな話、信じられないよ」
ソラがキョトンとしているとダイチが続けた。
「だろ? オレもそう思ったんだけど、その大手企業の社長が相当な変わり者らしくて、深井さんとの間でかなり話が進んでるらしいんだ」
「もし、もしもそんな話が本当だったとして、ダイチさんはどうしようと思うんですか?」
「そりゃあさ、オレ、深井さんにはずっと面倒見てもらってきて、プロになれたのも、シアンエルーに入れたのも深井さんのお陰だし、日本のチームがツールに出場する事は一緒に追いかけてた夢だったから‥‥‥」
ソラが身体を乗り出してきた。
「ダイチさん、現役復帰するんですか? スゲー! そしたらオレ、全力でアシストしますよ、ダイチさんの。ダイチさんの勝利をアシストする!」
ダイチは呆れた顔をした。
「お前な〜。真剣な話してるんだぞ」
ダイチがそう言うとソラは怒った顔をした。
「オレだって真剣だよ。オレはさ。ダイチさんを勝たせたくて、ダイチさんをアシストしたくてロード選手になったんだ。オレにとっては、ツールのステージ優勝、山岳王、マイヨジョーヌへの夢と同じ位大きな夢だったし、今でもそれは変わらない」
ソラがそんな事を真剣に言ってくるのでダイチはジーンときたが、その気持ちはぐっと抑えて続けた。
「だけどソラをそこに入れるわけにはいかないだろ? ソラは将来有望なんだ。パリでのマイヨジョーヌの可能性だってある。
いくらツールに出場出来るチームを目指していても、出場すら出来ない可能性だってある。来年の出場はまず不可能だろうし。
シアンエルーだって来年の契約を求めている筈だし、色んなチームがもっといい条件で契約を求めてくるはずだ。
ソラはもっともっと活躍出来そうな良い条件のチームに入るべきなんだ」
ダイチは自分が熱くなってしまっている事を感じて頭を掻いた。
「ごめん。ちょっと熱くなっちゃって。まだ何も決まってないんだ。真剣に考えなくていいから。ちょっとそんな話があったって事だけを気に留めておいてほしい。
それから、もしどこかのチームが契約の話をほのめかしたりしてきたら、オレに話してくれな。こっちも何か話が進展したらまた話すから」
ソラは「わかりました」と言った。
「でも」
ソラはそう言ってライオンを自分と向かい合わせに座らせ、ライオンに話しかけるように言った。
「もしもオレがその新しいチームに入ったとしたら、日本のチームの日本のエースになるんだよね。フランスのチームのフランスのエース、プティみたいな立場だね。フランスチームのエースの座を奪い取るのはフランス人の目が怖くて、オレには出来そうもないよ。日本のチームならエースは外国選手には奪われたくない。
なあ、ライオン、道は険しいかもしれないけど、そんな日本のチームで世界と戦って、君の数をまた増やしたいな」
ダイチはそれを黙って聞いていた。
「この話はまた今度な。疲れてるのに遅く迄悪かった。今日はもう休もう。今の話ももう考えなくていいから。ライオン抱いて幸せな気分でゆっくり休めよ」
それを聞いたソラは笑いながら三匹のライオンを抱えた。
「オレは一匹抱いて、二匹は両頬にくっつけて眠るから。ダイチさんもそいつを抱いて癒されて下さいね〜。じゃ、お休みなさい」
そう言って部屋を出ていった。
※UCIプロチーム(UCI ProTeam):国際自転車競技連合 (UCI) による自転車ロードレースチームの格付けの一つで、トップカテゴリーであるUCIワールドチームの下に位置づけられるカテゴリー。
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