最悪の日(そのニ)

 その日のホテルに到着し、部屋に入ろうとした時、ダイチはソラを呼んだ。

「荷物を置いたらちょっと部屋に来い」

 怒った感じではなく、冷静な口調だった。


 ソラが「失礼します」と言って部屋に入るとダイチが言った。

「ソラ、ちょっとそこのベッドに横になれ」

 嫌な予感がした。

「え? 何で?」

「いいから横になれ」


 ソラは渋々、痛みを顔を出さないようにしながら、そ〜っと少しずつ横になった。

「そのまま起き上がってみろ」

「え?」

 ソラは起き上がろうとしたが、肋骨に激痛が走り、思わず「ううっ」と声を漏らし、手で肋骨を抑えた。もう隠す事は出来なかった。

「ごめんなさい」


「レースを甘く見るな!」

 ダイチは声を荒げた。

 ソラの顔に涙が伝った。

「ごめんなさい。これ以上チームに迷惑掛けたくなかったから」

 子供みたいに泣いている。

「甘ったれるな!」

 そう言ってダイチはベッドの横に椅子を持ってきて座った。


「そんな身体で明日から普通に仕事を全う出来ると思ってるのか?

 そんな身体を隠して走ったら、それこそチームにとって大迷惑だ。

 お前の身体は自分だけの物じゃない。自分だけで何とかしようなんて思うな。

 あと三日間、耐えて何とか完走すれば休養日だ。まだまだツールは続く。出来る仕事を少しずつやって、後半しっかり働けるようになればいい。

 大丈夫だ。ちゃんとドクターに話せば、痛み止めとテーピングで何とか明日も走れるはずだ。

 チームミーティングまでに監督にはオレが色々ちゃんと話しておく。また明日の朝の状態を見て、隠さずに状態を報告に来い。

 今ある状態でいかに最善を尽くすかが大切なんだ。わかるか?」


「はい。ありがとうございます」

 ソラは言葉を続けた。

「ダイチさん。僕をかばってくれてありがとうございました。でも、そのせいでダイチさんまで何か悪者みたいに言われて。ごめんなさい。これまでダイチさんが築いてきた物を壊しちゃたみたいで堪らない。

 でも、僕がプティを出し抜こうとしてやった事じゃないって事を分かってもらえてて嬉しかった。本当に取り返しの出来ないミスをして、みんなに迷惑かけて、信頼も失ってしまった。その償いはこれからちゃんとしていきたいっていう思いは強いのに、こんな身体になっちゃって。

 みんなの僕を見る目が少し怖いんだ。昨年迄とは違う。プティだって、僕は味方なのに時々変な威圧感を感じる。僕に対してナーバスになっている。今日の一つの失敗が、それをすっごく大きな物にしてしまった」

 ソラは閉じ込めていた思いを吐き出すと、一緒に涙が出てしまう自分が嫌だった。でもそれはどうしようもない。


 ダイチは少し言葉を探していたが、上手い言葉が見つからない。

「みんな必死なんだ」

 少し間を置いて言った。

「ここは競争の場だから」

「でもな、チームの為に最善を尽くす姿勢を貫いていけば、それはみんなも分かるから。分かっていてもどうしようもない事はあるけど、分かる事で信頼関係は築けるはずなんだ。なんか、上手く言えなくてごめん」

「わかる。言ってる事。たぶん‥‥‥」


 ソラがゆっくりと上体を起こそうとしたので、ダイチが支えた。

「いてててて。ちゃんとドクターに相談してきます。チームミーティングにもちゃんと出て、今日の反省と自分の今の状態を、自分の言葉で話します。全力でしっかり休んで、明日の朝、報告にきます。ありがとうございました」


 ソラはゆっくりと部屋を出ていった。

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