最悪の日(その一)

 第七ステージはほぼフラットのコースでフィニッシュは山岳ポイントの付かない小さな丘の頂上だ。

 いくつかの逃げが吸収され、レースは残り三十キロ、集団が一塊になって走っている時に、前方で落車が起き、数名の選手が路面に投げ出された。


 何とその中にマイヨジョーヌの姿があった。プティも倒れている。幸い二人共すぐに立ち上がる事が出来たが、プティのホイールが大きく曲がっている。

 それを見たソラは、プティを待たずにバイクに飛び乗り、前方を追った。

「待て! ソラはプティを待って他のアシストと一緒に集団復帰しろ」

 無線からの声はそう叫んでいたが、落車した際に耳から無線が外れていて、その声はソラには届かなかった。


 マイヨジョーヌが転んだという情報が入り、集団はスピードダウンしていたが、ソラが戻ってきたので再びペースを上げ始めた。プティはまだ戻っていないしアシストもみんな下がってプティを待っていた。

 僕はこのまま走っていいのか? と思いながらも、ジャージを守らなきゃという思いに支配されていた。プティはみんなが助けてくれるから大丈夫だと言い聞かせた。

 バイクの異変に気づいたのはその時だった。少しずつタイヤの空気が抜けていて、前輪がペシャンコになってきた。そこで止まらざるを得なかった。チームカーも後ろなので、オフィシャルカーに車輪交換をしてもらい前を追った。タイミングが悪かった。集団の動きは活性化していて何人かが逃げようとしている時だったから、いくらマイヨジョーヌのトラブルでも、もう集団は待ってくれない。

 ソラは必死に前を追い、ゴール手前五キロ位で何とか追いついた。

 プティと仲間達も合流して、何とか最悪の事態は免れた。

 しかし、最後の丘でライバルチームがアタックしてくると、足を使っていたシアンエルーのアシスト達は対応出来ず、プティだけが何とかくらい付き、トップから数秒の遅れに留めた。ソラもその動きには対応出来ず、マイヨジョーヌを失う事となった。


 ゴールしたソラはチームから厳しい言葉を投げかけられ、チームだけでなく周りから沢山の非難を浴びていた。


 ソラ自身、激しく反省していた。取り返しのつかないミスをしてしまった。何であそこでプティを待たなかったのか。僕は転んで気が動転していた。プティはみんなが守ってくれる、僕は一人でやらなきゃという思いに支配されていたんだと思う。冷静に考えれば、プティを待って、チーム員と一緒に集団復帰すれば良かったんだと分かる。それをしなかった為に、全てを失ってしまった。


 メディアからも叩かれた。

「あの日本人は天狗になっていた。エースのプティを置き去りにして自分のマイヨジョーヌを守る為に走り、結局それも失った」

 と言われた。

 ダイチさんが「それは違う」と言ってくれた。

「ソラはマイヨジョーヌを着続けながらも、常にプティの事を気にしていた。だから私はプティは他のチーム員が守ってくれるから、ソラはマイヨジョーヌを守る事に全力を注げ、って話をしていた。落車してソラはパニックになって、無線も外れてしまったから、前日に私の言った事をそのまま実行してしまったんだと思う。大きなミスだが、若さと私のせいでもある。ソラがプティを出し抜こうとして行った行動じゃないという事だけは分かってほしい」

 それに対してダイチさんまで批判の目で見られてしまう事になった。


 やるせなかった。そして更に追い討ちをかけるように、不安な事が一つあった。レース中は必死で気づかなかったけれど、ゴールして肋骨あばらが傷んだ。僕はその日のマッサージをキャンセルした。

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