第三ステージ(そのニ)

 レオナードとソラがペースを上げたので、程なく逃げ集団は二人だけとなった。メイン集団もこの二人は強力だから、これ以上差を広げるわけにはいかないと本気で追い始めた。プティとベルチャのチームは前を引かなくて良いので足を温存出来る。作戦は上手く進んでいる。


 レオナードとソラは協調してガンガン走り、約束通り山岳ポイントだけ勝負をしたが、レオナードの方が一枚上手で、本日の山岳賞ジャージを確定させた。下りも二人でガンガン攻めて、下り切った所で集団との差は三分に広がっていた。

 あとおよそ五十キロある。いくら強力な二人であっても、逃げ切りは難しいと見られていた。


 ところが、想像以上に二人のペースは速く、タイム差は少しずつしか縮まっていかない。

 シアンエルーのチームカーからダイチのげきが飛んだ。

「ソラ、ライオンのチャンスがあるぞ! 思い切り行け!」


 人数が二十名程に絞られた集団が、ゴール前で捕らえるかに見えたが、二人は五秒差で逃げ切った。両手を上げたのはレオナードだった。ソラはマイヨジョーヌを手に入れた。ボーナスタイム(※)も六秒稼ぎ、総合二位以下の選手と十一秒差を付けた事になる。


 マイヨジョーヌを着用する事。それはロード選手の憧れであり、夢である。大会の途中であれ、一度ても袖を通す事は大きな栄誉となり、チームにとっても大きな価値がある。

 しかし、ソラはそこにはあまり価値を見出していなかった。それは長いレースの途中経過であり、マイヨジョーヌに関しては、最終的にパリで着用する事だけに大きな価値を感じていた。今日だってマイヨジョーヌを狙って走ったわけじゃなく、たまたま転がり込んできたという気がしていた。

 周りのみんなのあまりにも大きな賞賛の声に戸惑っていた。


 ただ、ソラは総合トップに立った選手にマイヨジョーヌと一緒に与えられるライオンのマスコットを異常に欲しがっていた。ダイチは常々ソラが「あー、僕もあのライオン欲しいな〜。表彰台であのライオンに思い切りキスしたいな〜」と言っているのを聞いていた。


 その一つの夢が叶った。表彰式でマイヨジョーヌを着用し、ライオンを手渡されたソラは今迄見せた事のないような笑顔になって、ライオンに思いっ切りキスをした。

 それを見ていた世界中の人達、みんなが笑顔になった事だろう。

「あいつ、子供かよ」

 ダイチも笑っていた。


 表彰式、インタビューの間、ソラとレオナードは少し話す事が出来た。

「レナード、今日のレースは完敗だよ。山岳賞、ステージ優勝おめでとう! 負けたのは悔しいけど、君と一緒に全力で走っている間、本当に楽しかった。ありがとう」

 レオナードは笑っていた。

「オレも久々に楽しかった。マイヨジョーヌ、もっと喜べよ。今日の山岳やステージなんかより、よっぽど価値あるぜ。おめでとう。

 また、明日から勝負だな。ま、今はエースを勝たせる為の勝負になるけどさ」


 楽しそうに二人で会話していると、シアンエルーの監督が少ししかめっ面をした。

「お前ら、あんまり仲良くするなよ」

 冗談でもなさそうな気配がして、ソラはちょっと嫌な気持ちになって、会話はそこでお終いになった。


 その日の夜、ダイチの部屋にソラがライオンを持ってやってきた。

「もらったよ〜! 夢の一つだったライオン!」

 ダイチは苦笑した。

「お前な〜、子供かよ」

 ソラはズカズカとダイチに歩みよるとライオンを差し出した。

「見てよ。かわいいでしょ。これ、ダイチさんにあげる」


「おいおい。そんなの貰えるわけないだろ。あんなに欲しがってたくせに」

「ダイチさんにあげたかったから欲しかったんだ。ダイチさんへの感謝の気持ちを伝えるのはこれが一番いいかな? ってずっと思ってた。僕は表彰台で思い切りこいつにキス出来たからもういいんです。

 でもね、明日も貰えるように頑張りたいから。明日貰うライオンを僕の物にする。だからこいつは貰ってほしいんです」


 ダイチはソラの気持ちにウルっときてしまったが、それは隠した。

「本当にいいのかよ。明日ライオン貰えなくても返さないぞ」

 ダイチがそう言うと、ソラは少し寂しそうな顔をした。

「それは‥‥‥仕方ないよ」

 本当に大切な物をオレにくれるんなんだなと思った。




※ボーナスタイム:タイムトライアルを除く全ステージのフィニッシュライン、コース上に設けられたボーナスポイント地点、各々を上位通過した3名に与えられる。

(⚫︎ゴール地点:十秒、六秒、四秒

⚫︎ボーナスポイント地点:八秒、五秒、二秒)

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