不協和音(プロ四年目)

第三ステージ(その一)

 翌年、ソラは絶好調だった。クイーンステージを獲ってから、選手達のソラを見る目は大きく変わった。ツール・ド・フランスではプティのエースは揺るぎないが、ソラのチーム内での立ち位置も変わってきた。

 ツールの前哨戦と言われ、一ヶ月程前に行われた八日間のステージレース「ドーフィネ」でソラは大活躍した。プティのアシストとしての逃げは強力で、ライバルチームの足を削り、プティの総合優勝の立役者となった。自らステージ優勝も一つ獲る事が出来た。大きな山岳コースだけでなく小さな丘越えの続くアップダウンのコースでも力を見せ始めていた。


 ソラが力を付ける事はチームにとって喜ばしい事ではあるが、チーム員にとってはそんなに単純な物ではない。これまでは下っ端のアシスト選手として、アシスト選手のアシスト迄やっていたソラに、もっと重要な役割を与えられるようになると、当然その地位を奪われる選手が出てくる。


 昨年迄、ソラはチーム員皆んなに可愛がられていた。レース中、自分がやってほしい事をソラは気づいてどんどんやってくれる。気が利くし、働き者だし、出しゃばる事もない。皆んなにとって非常に心強いアシストで、自分の地位を脅かす存在ではなかった。

 それが、ソラがクイーンステージを獲り、一気にスター選手になった事で、嫉妬心のような物を抱く選手は多かった。

 能力が高く、頑張り屋で、走りも格好いいし、人を魅了するのは当然だと分かっているし、憎めない奴。だからこそ余計に憎らしいという感じか。

 プティも少しナーバスになっていた。ソラはプティのアシストとして忠実に走っていたが、すぐそばで走るソラの能力を最も感じ取る事が出来るのがプティだ。

 そんなチーム員達の心境が自ずと伝わってきて、ソラは去年迄と違ってちょっとやりにくいなと思っていた。


 今年のツールもシアンエルーチームはプティが絶対エースで総合優勝を狙う。ドーフィネでソラとの連携がとても上手くいったので、ソラは場面場面でエースを守る事と自ら動く事を要求された。


 二日間の平坦ステージを終えて、ツール三日目に早くも山岳コースが組み込まれた。前半は小さなアップダウンを繰り返し、後半に一級山岳を一つ越え、また小さなアップダウンを繰り返し、丘の上がゴールだ。ソラは前半からいい逃げに乗れそうだったら乗るように指示が出ていた。

 平坦で活躍するスプリンターが勝利する可能性は低く、マイヨジョーヌが動く可能性が高い。


 レースがスタートし、スタートと同時に逃げたい選手達が活発に動き、数人の逃げが出来ては吸収されるというハイスピードな展開が繰り広げられていた。アタックが中々決まらない中、スタートから一時間が経った頃、少し大きめの丘で十名の逃げが決まった。その中にソラも入る事が出来た。逃げのメンバーがそこそこいいメンバーだったので、集団はタイム差を見ながら差が広がり過ぎないように進んでいた。


 ソラは逃げのメンバーの走りをよく観察しながら走っていた。この中にレオナードが入っている。彼はソラと同い年の元ジュニア世界チャンピオンだ。ソラがシアンエルーに入った年に、ツールで昨年総合優勝したベルチャのチームに加入したコロンビアの選手だ。将来を期待されていたが背中の痛みに苦しみ、成績が出せず、昨年は戦線離脱していたが、このツールで復活してきた。ソラが初めて海外遠征した時に走ったステージレースで優勝した選手だったから、憧れの目で見ていたし、ずっと気になっていた。

 今、一緒に走れている事が嬉しかった。どれ位調子を上げてこられたかはわからないが、ここまでの走りを見ながら「さすがレオナードだ」と思っていた。

 一級山岳の麓でレオナードがソラに話しかけてきた。集団との差はちょうど二分の時だった。

「ソラ、今日もプティのアシストなのか?」

 ソラは自分の名前を呼ばれたのでドキッとした。

「え? 僕の名前を知ってくれてるんだ。嬉しいな。勿論プティの為さ。ライバルチームの足を使わせる為に出来るだけ長く逃げたいんだ」

 レオナードが笑った。

「知ってるのは当たり前だろ。昨年のクイーンステージの勝利者を知らないわけないだろ。オレもベルチャのアシストだ。でも山岳を獲る。この山取れば山岳賞ジャージが手に入る。昨日トラブルがあって遅れちゃってるから、マイヨジョーヌは無理だけどステージも狙う」

 昨日のステージで集団のスピードが上がっている時に、ベルチャがパンクし、レオナードが待って全力でベルチャを集団に復帰させた。

 ベルチャはそこで仕事を終えて、集団から遅れてゴールしていた。


「なら一緒に全力で逃げよう。ゴール迄逃げ切れるか分からないから、僕も山岳は狙う。牽制無しのラスト五十メートルの勝負でどう?」

 ソラがそう言うとレオナードは「オッケー!」と言った。


「あ、それよりも。レオナード復活おめでとう!」

 ソラがそう言うと、レオナードは嬉しそうに笑ってペースを上げた。

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