表彰式

 表彰式が始まった。

 ソラは新しい綺麗なウェアに着替え、シャキッとした表情で壇上に上がった。

「きましたよ! きました。遂に日本の一つの大きな夢が叶いました。ツール・ド・フランス、日本人選手のステージ優勝。しかもクイーンステージでの素晴らしい優勝です。ソラ選手、堂々としてますね」


 花束を受け取り、両手を上げて写真撮影に応じる。

「いや〜、クールですね。かっこいい。私も現役の時、夢に描いていた光景です。自分には出来なかったけど、生きている間にこの光景を見る事が出来て本当に幸せです」

 野中は涙声になってしまったので、照れ隠しのように続けた。

「すみません。ついつい涙声になっちゃって。ソラ選手も実は泣き虫なんでね。壇上で泣くんじゃないかって思ってたんですよ。このクールさは意外でしたね」


 ソラにシャンパンが手渡されると、それを思い切り振って栓を飛ばした。シャンパンを振り回しながら壇上の先端まで来た時に、急にその動きを止めた。

 と、同時にソラの目からぶわっと涙が溢れ出した。慌てて左手で目頭を押さえて後ろを向くとその場にシャンパンを置いた。

 テレビに表彰式を見て泣いているダイチの姿が映し出された。

 それを見て、桃山と野中は抱き合って号泣していた。

 ソラは逃げるように壇上を後にした。


 暫くしてインタビューが始まり、まずはマイヨジョーヌを守ったベルチャが登場した。その言葉を桃山が要約した。

「【最後の山でまだ足に余裕があったので、少しでもタイム差を広げようと思ってアタックし、それが成功した。マイヨジョーヌを着て、クイーンステージを獲る事も大きな夢の一つだったので、ステージも全力で狙ったが少し届かなかった。ソラは強かった】

 ベルチャもソラの強さを認めてますね」


 続いてソラが画面に登場し、流暢な英語で答えている。桃山がそれを要約した。

「まず怪我については、ダメージは大きくないし大丈夫だと言ってますね」


【エースを失う事がこんなに辛い事だなんて、昨日初めて知った。僕は切り替えが出来なくて、昨日ダイチさんに凄く厳しい事を言われた。やらなきゃって分かってはいても、今日のステージを狙うなんてとても考えられなかった。昨日までは。

 でも、今朝目覚めた時はなぜかしっかりとスイッチが入っていた。あとはやるだけだった。


 超級を越えた時点でタイム差が二分。チームから『思い切りいけ』GOの合図が出たんだ。三人で下っていて、僕は二番手だった。視界が悪くて真っ白で、雨も降っていたし、路面は雨と雪解け水で凄くスリッピーだった。先頭の選手がコーナーで滑ったんで、ちょっとブレーキをかけたらそのままスコーンといってしまった。三番手の選手も同じだったと思う。去年転んだのはオーバースピードで自分のせいだったけど、今回は仕方ないっていえば仕方ない転倒だった。ラッキーな事に今回もバイクも身体も大丈夫だったし、タイム的にも大きくロスしなかったから、何も躊躇する事なく、ただただゴールを目指した。


 これまで海外で頑張ってきた日本選手の積み重ねがあって、ようやくここに立つ事が出来た。それがたまたま自分だったけど、そんな人達みんなの勝利だと思う。そして、プティを欠いてしまい、今日自分にチャンスをくれたチームには感謝の気持ちしかない。プティにもこの勝利を捧げたい。きっと喜んでくれると思う】


「最後に壇上での涙についての質問に対してはこんな風に答えてます。

【プティの事もあったし、レースは今日で終わりじゃないから努めてクールに装ってたんだ。でも、表彰式を見ながら思い切り泣いてるダイチさんを見たら、それ迄堪えていた物が一気に溢れ出ちゃった。

 世界中の人達に顔を見てもらえる晴れ舞台で、顔に傷を作ってしまっていた事と、涙を見せてしまった事は最大の不覚だったな】

 いや〜、最後に見せたわんぱく坊主みたいな顔が、もう堪らないですね。私、惚れました。この言葉、何回も使っちゃってると思うんですけど、今回が惚れたの一位です。断トツの一位です。今日でまたソラファンは急増、間違えないですね。

 凄かった。いつまでも喋っていたいですが、そろそろお別れです。これから朝迄、日本中でお祝いですね。今日は眠れそうにありません。それではまた明日お会いしましょう。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 番組は終了した。


 翌日のレース、やはり身体にダメージを負っていたソラは無理をせず、グルペット(※)に入って完走した。ソラ以外のチーム員はアルダで再びステージ優勝を狙ったが、不発に終わった。

 総合勢に波乱は無く、ベルチャがほぼマイヨジョーヌを確定させた。


 最終日のパリシャンゼリゼでも波乱は起こらず、今年のツール・ド・フランスが幕を閉じた。

 ソラにとって初めてのパリシャンゼリゼ通り。どうしようもない悲しみ、最高の喜び、山あり谷ありだった道を乗り越えて、ここに辿り着いた満足感を、チーム員達と一緒に噛み締めていた。


夕闇が迫り、空は鮮やかな紅色と群青色がせめぎ合っていた。

表彰式でのジャージの色に合わせた凱旋門のイリミネーションが消え、光の灯ったエッフェル塔が静かにツールを見守っていた。




 ※グルペット:選手達は毎日、先頭がゴールしてから限られた時間内にゴールしないとタイムアウトになってしまう。翌日も出走する為に、メイン集団から遅れた選手達で作られる協力して制限時間内のゴールを目指す集団の事。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る