最終局面

「情報が入りました! 先頭集団三名が山頂を越えて、メイン集団迄のタイム差が二分! メイン集団もかなり小さくなっている模様。メンバーは確認中です!」


「ソラ? 先頭集団にまだソラが入ってます! このまま行けるのか?」


「ソラを含む三名を二分差で追っているのは、現在マイヨジョーヌを着ているベルチャとそのアシスト選手が一名。総合二位、四位の選手とステージ狙いのポポとソラのチームメイトのアルダ。六名に絞られています」


 桃山は大興奮だ。野中に質問を向ける。

「タイム差二分、どうでしょう?」

「可能性はあると思いますよ。後ろの六名の中で、下りをリスク覚悟で飛ばせるのは、立場的にはポポだけですが、ポポは下りがあまり得意な選手ではないですからね。下りで差が広がる可能性は有っても縮まる事はまず無いでしょう。最後の上りの麓で二分だとして、あとは各々の選手がどれだけ力を残しているかですね。最初から逃げていた三人にとって二分差はギリギリでしょうが、ソラ選手にもまだ可能性はあると思います。総合に絡む三人は余裕があれば仕掛けてくるでしょうし、アシストを一枚残しているベルチャは有利ですね。それと足を使わずにここまで来たであろうアルダにもチャンスが有ると思います」


「いやー、ソラ選手頑張ってほしいな〜」

 桃山はそう言った直後に大きな声を出した。

「え〜!! 落車?」


「ちょっと待って下さい。逃げの三人が落車との情報。今、確かな情報を確認中です」


「え〜、三人の落車は確かなようです。ん〜、日本人初の大快挙は消えたか‥‥‥」

 桃山は落胆の様子を隠せない。

 野中が努めて冷静さを装う。

「大きな怪我が無い事を祈ります」

「落車の様子の情報、その他の情報は入ってきません」

 暫く沈黙の時間が流れた。


 テレビ映像が最後の上りの麓に切り替わった。

「映像が出ました! ここからはあと三キロです。最初にここに現れるのは誰だ? そして集団はどうなっているのか?」

 緊迫した空気が流れる。


 先導バイクの後ろに一人の選手が現れた。霧が濃く、それが誰なのか中々確認出来ないが、一人である事は確実だ。


 軽やかなダンシング。

「ソラ!?」

 あの軽やかなダンシングはソラだ。ソラが一人でやってきた。全身に鳥肌が立った。

 スネと顔から少し流血している。

 落車は間違いなかったようだ。それでもまだ身体はよく動いている。前だけを見て必死にペダルを回している。


 画面が後続に切り替わった。

 後続との差は?


 一分半。

 ベルチャのアシストを先導にベルチャ、アルダ、更に三人が続き、麓から全開だ。明らかにソラのペースより速い。


 残り一キロ。

「あー、一人がちぎれた。後ろの二人も苦しそう。ここでベルチャのアシストが仕事を終えました。ベルチャとアルダ。ベルチャ腰を上げて一気に加速。これにはアルダも反応出来ない。ベルチャは力を残していた〜」


 再び画面は先頭に切り替わる。ソラとベルチャのタイム差が見る見る縮まってくる。正面からの映像の中にベルチャが入ってきて、その姿が見る見る大きくなってくる。

「逃げろ〜!」

「ソラ、頑張れ〜!」

 桃山が絶叫する。

 上空からの映像。ベルチャの勢いが凄い。


 ゴール地点の映像に切り替わる。あと十メートル、五メートル、ソラがまだ前だ。

「行ける!!」


 ソラが両手を天に突き上げた。


「勝った! ソラが勝った!」

 桃山も野中も放心状態だ。

「勝った。ソラが勝った」

 放送席の二人は涙にくれていた。


 カメラがソラの姿を追う。ソラが向かうその先にはダイチの姿があった。

 映像が再びゴール地点に戻る。四人の選手がそれぞれ単独でゴールラインを越えた。アルダは四人の中の最後尾だった。


 ダイチとソラは抱き合って喜びを分かち合っていた。ソラの身体がふわっと傾きかけたので、ダイチは慌ててソラをその場に座らせた。ソラの意識はしっかりとしているが、喜びの表情を作れない程、抜け殻状態になっていて、身体もピクピクと震えている。ダイチはソラのヘルメットを取って、ドリンクを手渡した。ドリンクを飲んでいる所にベルチャがやってきて握手を求め、「おめでとう。強かったね」と言った。

 ダイチはタオルでソラの顔の流血部を抑えながら、声を掛けていた。後ろにテレビカメラがいる事に気づくと身体をずらしてソラに「カメラ」と言った。

 ソラは口元を緩め、少し笑顔を作って左手の親指を立てた。

 ダイチに支えてもらって起き上がり、自転車に跨るとゆっくりとペダルを回してテントへと向かった。


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